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2018年5月

アルツハイマー病の超早期治療

 朝丘雪路さん(82歳)がアルツハイマー型認知症のため4月27日に死去した。

 アルツハイマー病の発症前治療に関する、東京大学大学院・岩坪威教授(神経病理学)の談話を読んだ。


 アルツハイマー病(AD)は記憶障害などの進行性の認知機能障害を主徴とする神経変性疾患で、病理学的変化が10数年から20年かけて進行し、症状が出現したときには既に病理学的変化はかなり進行している。


 ADの根本的治療は、発症メカニズムに即して症状の出現前を対象とする方向にあるという。
 

 脳画像や体液バイオマーカーを探索


 ADの病理学的特徴としては、大脳皮質の神経細胞脱落、神経原線維の変化、老人斑の出現が挙げられる。


 1980年代に病理学的研究が進み、老人斑の主成分であるアミロイドβ(Aβ)や神経原線維の変化の主成分であるタウ蛋白質が同定された。


 また、1990年代には遺伝学研究の進歩により、家族性ADの研究からAβがADの病因であること(アミロイド仮説)、タウ蛋白質は細胞死から認知症症状の発現のメカニズムに関わることが立証された。


 アカデミアにおいて発見されたAD発症メカニズムに基づき、1990年代末には製薬企業がAβとタウ蛋白質を標的として、それらが凝集・蓄積する過程を抑制する疾患修飾薬の開発に取り組み始めた。


 岩坪教授は、

「ADの治療では、その発症メカニズムを知り、症状が軽度または不完全な軽度認知機能障害(MCI)の段階、さらには病理的な変化は起きているが無症状のプレクリニカルADの段階で治療を開始し、神経細胞の変性を抑え、少しでも進行のスピードを抑制することが理想である。


 疾患修飾薬の効果を正確に判定するには、臨床症状や認知機能の変化が少ない初期のADの精密な自然歴を知り、早期の無症候段階で脳に凝集・蓄積するAβを評価、測定する指標が必要となる」と説明する。


 診断には認知機能、臨床評価が最も重要であるが、検査結果はばらつきが大きい。


 そのため、安定して脳の神経細胞の変性を反映するバイオマーカーを併用することで早期から正確な評価ができる。


 また、ADの臨床症状の出現を代理して予測するサロゲートマーカーの開発も非常に重要となる。


アミロイドPETでAβ蓄積を非侵襲的に可視化


 そこで2004年に、MCIを中心とする早期段階のADの自然歴を明らかにし、ADの臨床症状の出現を代理して予測する脳画像や体液バイオマーカーを探索し、症状とバイオマーカーの併用によりその後の進行度を予測、評価することを目的とした多施設共同の縦断的臨床研究ADNIが米国で開始された。


 2004~09年のADNI第1期(ADNI-1)では57施設でADに進行する可能性が高い健忘型MCI 400例、軽症AD 200例、認知機能健常高齢者200例を目標に被験者がリクルートされ、2007年に819例(健忘型MCI 398例、軽症AD192例、認知機能健常高齢者229例)が組み入れられた。


 当初、構造的MRIを用いた脳容積の測定、フルオロデオキシグルコース(FDG)-PETを用いた脳糖代謝画像、脳脊髄液中のタウ蛋白質とAβ1-42などが、バイオマーカーとして測定されたが、途中から一部の被験者に11C-PiBを用いたアミロイドPETによるアミロイドイメージングが行われた。


 2009~11年のADNI"Grand Opportunities"( ADNI GO)では18F-AV45を用いたアミロイドPETが行われるようになり、2011~16年のADNI第2期(ADNI-2)からは全例にアミロイドPETが施行されるようになった。


 ADNI第3期(ADNI-3)が2016年から5年間の予定で現在進行中である。


「タウ蛋白質が蓄積する疾患としてはAD以外にも何種類かの変性型認知症があるが、AβはADあるいはその初期段階を表す必須の指標である。


 Aβの脳内蓄積を非侵襲的に可視化することが可能になったことから、ADNIでのアミロイドPETの導入はAD病理の進行過程を知る上で大きなインパクトとなった」と。


 日米のMCI進行パターンは類似


 日本で疾患修飾薬の治験を開始するには、ADNIと同様の画像・バイオマーカーを用いた研究が不可欠と考えられた。


 そこで、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)橋渡し促進技術開発プログラム、厚生労働省認知症対策総合研究と企業コンソーシアムが協力したpublic-private partnership(PPP)として医師・研究者主導国家的臨床研究プロジェクトJ-ADNIが2007年に始まった。


 J-ADNIでは2008~12年の3年8カ月間に全国38臨床施設で710例をスクリーニングし、ADに進行する可能性が高い後期健忘型MCI 234例、軽症AD 149例、認知機能健常高齢者154例、計537例が組み入れられた。


 半年から1年ごとにMRIによる脳形態画像、FDG-PETによる脳糖代謝画像、11C-PiBまたはBF-227を用いたアミロイドPETイメージング、脳脊髄液検査、ApoE遺伝子型検査、種々の臨床・認知機能検査を行い、3年間(ADは2年間)フォローアップし、2014年3月に終了した。


 日米の認知機能検査データを比較したところ、アミロイド陽性の後期健忘型MCIの認知機能障害検査に基づく進行パターンは両国で非常に類似していることなどが明らかになった。


 J-ADNIで得られたデータは科学技術振興機構National Bioscience Database Centerのヒトデータベースに登録され、研究用に広く公開され、活用が始まっている。


 レクリニカルADを対象とした予防治験も開始


 次世代の治験としては、MCIよりもさらに前段階のプレクリニカルAD(アミロイドなどの病理学的変化は陽性だが、無症候である時期)を対象に、疾患修飾薬が認知機能の正常域からの低下を食い止められるかどうかを検討する予防治験が開始されている。


 2014年に開始されたAnti-Amyloid Treatment in Asymptomatic Alzheimer's Disease(A4)研究は米国、カナダ、オーストラリア、日本が参加し、アミロイドPET陽性のプレクリニカルADを対象に、抗Aβモノクローナル抗体solanezumabの有効性と安全性を4.5年間追跡して検討する二重盲検ランダム化比較試験である。


 わが国からは岩坪教授ら東京大学の研究グループが参加、2017年12月に世界で1,169人の被験者組み入れが終了した。


 岩坪教授は、

「A4はその後に続くプレクリニカルADを対象とした抗Aβ薬の治験のプロトタイプとして重要な意味を持っている。

 今後、ADの予防治験の対象は認知機能健常者になるため、治験を行う上で被験者の登録システム(registry)が鍵になる」


 米国では一般高齢者に対する認知症研究の啓発活動が熱心に行われ、インターネットを活用したregistryも進んでいる。


 治験に興味を持った人が、簡単なスクリーニングを受けて登録できるシステムが構築されている。


 日本でも2017年から認知症外来をベースとするオレンジレジストリー、健常者を主対象としたインターネットベースの登録システムIROOP(Integrated Registry Of Orange Plan)が開始された。


 また学会を中心とするPPPとして、治験に適格な条件を備えた被験者を多数登録した「トライアル・レディ・コホート」を国際的な連携のもとに構築するプロジェクトも構想されている。


 同教授は、

「抗Aβ薬をはじめとする疾患修飾薬で最大の効果を得るためには、超早期の治療が必要である。

 その対象となる一般の健常高齢者にAD、認知症の重要性を理解していただき、興味を持たれた方は治験にも積極的に参加してほしい」と呼びかけている。



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