暮らしのなかの健康法万般。赤ちゃんからお年寄りまでの病気の解説・予防・治療法。食生活、食品、サプリメント情報…など、面白くてタメになる実用エッセイ。

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2016年6月

失聴記(2)

 老にして聾、聾なれど朗。


 夕暮れにはまだいくらか間がある。淡い青色が空いっぱいにひろがっている。

 週日のこの時間、荒川左岸の堤防上につくられた、自転車と歩行者専用の「健康の道」にはほとんど人影がない。

 河口のほうへぶらぶら歩いていくと、外灯の台座にジャンパー姿の小柄な男性が腰かけていた。

 六十がらみの人のよさそうな顔に笑みを浮かべて立ち上がり、口を開いた。

 こちらはあわてて頭を下げる。

「あ、ごめんなさい。わたし、耳がダメなんです。よかったら書いてもらえますか」

 メモ帳とボールペンを差し出すと、ちょっと困惑した感じながら受けとり、ゆっくりと文字を記してよこした。

『向こうに見えるのは 富士山ですか』

 横罫のページに縦に書いた2行がすこし曲がって傾いている。

「はい、そうです」

 西の方角のはるかに遠い空と海とが接するところに、逆扇形の山容がくっきり見える。

「秋のいまごろからと冬の晴れた日には、とくによく見えるようになるんです。空気が澄むからでしょうね」

 なにかつぶやいてうなずく相手へ、会釈を返し、背を向けて、ぶらぶら歩きをつづけながら、思った。

 ここから富士山が見えるのが意外だったのかな? 

 どこから来たんだろう。最近、近くに越してきたんだろうか。

 ずいぶん久しぶりに妻以外の人と言葉を交わすことができて、うれしかった。

   *

 両耳の聴力を失ってもう9年になる。

 正確にいえば、23年前にまず右耳がダメになった。

 肝臓を3分の1切除する手術の、全身麻酔からさめたとたん、脳が破裂しそうな激痛に襲われた。

 そのとき同時に聴覚伝導路のどこかがこわれたのだろうか。

 退院して数日たったころ、右耳の聴こえがおかしいことに気づいた。手術を受けた病院の耳鼻科で診てもらい、「重度感音難聴」といわれた。60歳だった。

 それからの14年間は左耳だけで暮らしてきた。

 日常、多少の不便は感じても、別段悩んだりするようなことはなかった。

「昼寝のときの耳栓が1個ですむからトクだ」などバカな軽口を叩いたりして......。

 ところが9年前、その左耳もこわれてしまった。

 5月半ばの朝、目が覚めたら左耳がボァーンと詰まっていた。

 飛行機に乗ったときに生じる耳閉感に似ている。

 家の近くの耳鼻咽喉科医院に駆け込み、耳管に空気を送る通気治療をやってもらったが効果なし。

「大きい病院へ─」と医師。

 翌日、妻に付き添われて、都心の専門病院を受診したときは、もうほとんど何も聴こえなくなっていた。

 医師が質問を机上の紙に記し、こちらは口で答える問診、聴力検査、頭部X線検査その他の結果、「急性感音難聴」と診断された。

「突発性難聴とはどう違うのですか」と聞いたら「ほぼ同じ」、

「原因はなんでしょう」には、首をひねり「? ? ?」、疑問符が三つ、横並びに記された。

 早速その日から始まった高気圧酸素療法、副腎皮質ステロイド、血液循環改善薬、血管拡張薬、代謝賦活薬など併用の、2ヵ月余にわたる総攻撃的な治療もむなしく、ほぼ全聾にひとしい両耳の失聴が完成した。

   *

 病院で紹介された補聴器専門店を訪ねて、「認定補聴器技能者」が選んでくれた三つばかりの機種を試し聴きして、機能(重度難聴用)と懐具合の折り合った「ポケット型補聴器」(5万3千円)を購入した。

 そして補聴器生活が始まって、まずなによりもうれしかったのは、自分の声が聴こえるようになったことだ。

 人が口から言葉を発するときは、自分の耳でもその言葉を聴いている。

 自分の口から出た言葉が自分には聴こえないというのは、なんだか妙な感じでへんにくたびれる。一言二言ならともかく、長話などとてもできない。

 補聴器をつけたら、口から出た言葉がそのまま耳から入ってきて、気もちが落ち着き、普通にらくに話せるようになった。

 人の声も、イヤホンとつながったコードを伸ばし、補聴器の本体を相手の口元へ近づけるとちゃんと聴こえる。が、声が聴こえることと、言葉を正しく聞き分けられることは、全然同じではない。

 大きめの声で、ゆっくり話してもらうとすっとわかるときもあるが、そうでないときのほうがずっと多い。最近の一例―。

 プロ野球日本シリーズ実況放送のテレビに映ったダッグアウトを見て、妻がいった。

「工藤は1週間、風呂に入ってない」

「へぇ、げんかつぎってやつか。シャワーは使ってるのかな」

「えっ!?」

「1週間、風呂に入ってないんだろう?」

 妻はげらげら笑いながら、正解を記した手持ちボードを見せる。

「工藤は自信たっぷりの顔」

 勝利を確信した監督の表情についての感想が、なぜ「1週間、風呂に入ってない」になるのか。これはもう笑うしかない。

 9年も経って、毎日、同じ家で暮らしている相手の言葉でさえこうなのである。

 まして、よその人の言うことなど――である。だから私の補聴器は人の話を聞くのにはほとんど無力、もっぱら自分の声を聴くためのものといったほうがよい。

 人の話が聞けないと、人と会ってもあまり楽しくない。ときには苦痛でさえある。すっかり出不精になった。

 年に1度、「長寿健診」を受けるさいに提出する「生活機能に関する基本チェックリスト」の、

「バスや電車で1人で外出していますか」「友人の家を訪ねていますか」

「家族や友達の相談にのっていますか」

「週に1回以上外出していますか」

「自分で電話番号を調べて電話をかけていますか」といった項目の「いいえ」にレ印を入れるのにも(最初は抵抗感があったが)慣れた。

 ことしはついに、「(ここ2週間)自分が役に立つ人間だとは思えない」の「はい」をチェックした。

「ここ2週間どころじゃないよ、年中だよ」とつぶやきながら――。

「目が見えないことは、人と物を切り離す。耳が聴こえないことは、人と人を切り離す」とカントがいっているそうだが、自分の実情もそれにとても近いと思う。

 人と話をしないことが長く続くと、やがて声がかすれてついには出なくなる。

 声帯も筋肉だから使わないと萎縮するのだという。

 その「声帯萎縮」を防ぐべく、私が日常つとめて励行していることは、歌を歌う、文を朗読する、の二つである。

 歌えば気も晴れる、読めば頭もしゃきっとする。

 これ、うつや認知症の予防にも役立っているのではないだろうか。同居人(と、台所のぬかみそ)にはだいぶ迷惑をかけているようだが...。

   * 

 お年玉はがきの売り出しが始まって数日後の晴れた日の昼過ぎだった。

 団地のなかにある郵便局へ行こうと、コンクリート長屋の4階から1階へ降りて外へ出たら、路上にぽつんと一つ、幼い女の子の姿があった。

 いたいけな小さな歩みがなんともかわいく、後ろからずっと見ていたくて、追い越しそうになった足をゆるめようとしたとき、その幼稚な歩行がぴたっと止まった。

 と、次の瞬間、わっと泣きだした。

 おどろいて駆け寄り、ひざを折って声をかけた。

「どうしたの?」

「まいごになっちゃった」

 口元へ向けた補聴器を通して高く澄んだ声が耳を打った。おおっ、いいぞ!

「だいじょうぶだよ、おじいちゃんと一緒にさがそうね。お名前は?」

「みやした ひろみ」

「いくつ?」

「四さい」小っちゃい手の親指を内側に折って見せた。

 ああ、ありがたい! よく聞こえる。

 さあ、正念場だ。祈るような思いを込めて言葉をつなぐ。

「ひろみちゃんね、おじいさん、耳がきこえないんだ。大きな声でお話ししてくれる。おうちはどこ?」

「わかんない」

「そうか、おうちはずうっと遠くなんだね」「うん」

「きょうはどこに来たの?」

「ようちえん、ママときたの」

「あ、わかった! もうだいじょうぶだよ。連れてってあげる。おいで」

 立って、手を差し伸べると、ぎゅっとつかまってきた。

 団地の一角にある幼稚園は、荒川の堤防の内側に沿う道路に面している。

 幼児の足に合わせてゆっくりいま来た道を引き返す。かわいい手から伝わってくる小さな握力をしみじみうれしく感じながら......。

 二つの住居棟(当家もその一棟の一室)のわきを抜けて、小学校の校庭と団地の間の細長い路を行くと、幼稚園の裏門に突き当たる。

 何かの催しでもあったのか、園庭で子どもたちが遊び、若い母親たちが少人数の輪をいくつかつくって、立ち話をしている。

 その場景が間近に見えたとたん、右手のなかからすっと小さな手が離れた。

 ママのもとへ駆け寄る後ろ姿を見届けて、ほっとし、きびすを返した。

 歩く足が軽い。郵便局は明日にしよう。

 思いがけぬ贈り物をもらった幸福感をこのまま胸に抱いて家に持ち帰ろう。

 妻と話したい。

 ローエンドロー ローエンドロー

 聾後のマイテーマソングをひとりでに口ずさんでいた。

 老&聾 聾&朗......。


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「大人むし歯」と「口臭問題」

成人のむし歯は「再発むし歯」

厚生労働省歯科疾患実態調査を見ると、子どものむし歯は減りつつあるが、20代~80代の約8割以上がむし歯を経験し、高齢者のむし歯が年々増加している。

成人・高齢者のむし歯の大半は「二次う蝕」と「根面う蝕」だ。

二次う蝕は、むし歯治療後の詰め物の隙間にむし歯菌が入り込んで発症する「再発むし歯」。

根面う蝕は、加齢・歯周病によって歯ぐきが下がり、歯の根元の象牙質が露出することでできる「根元むし歯」。

サンスターは、そうした「大人むし歯」をもつ15歳~69歳の男女624人の意識調査を行った。

結果、8割近い人が二次う蝕(再発むし歯)を知らず、一度治療をした歯はむし歯にならないと思っていることがわかった。

また、歯をみがいているにもかかわらず、むし歯になってしまった人が非常に多かった。

原因は、「歯のみがき方が良くなかった」が66%と最も多かった。

再発むし歯の予防にはフッ素が有効だが、そのことを「知らなかった」人は69.1%。

サンスター財団附属千里歯科診療所の鈴木秀典所長はこう話している。

「二次う蝕(再発むし歯)を多くの人がご存知でないことは、臨床においても実感しています。

一度治療をした歯、特に神経を取った歯はむし歯にならないと思っている人がほとんどです。

しかし、実際には歯科医院におけるむし歯治療の大半が二次う蝕の再治療です。

治療回数を重ねるたびに歯質は徐々に失われ、詰め物も大きくなり、やがては詰め物から冠(かぶせもの)になり治療費もかさんでいきます。

1本の歯に対し、5~6回の再治療で歯は抜歯に至るといわれています。

再発むし歯の発症を抑制することは歯の寿命を延ばすことに直結します」。


口臭は「生涯のお口トラブル」

日本歯科医師会が、全国の10代~70代の男女1万人を対象に行った「歯科医療に関する意識調査」の「お口の悩みのトップ3」は、1位「ものが挟まる」=43.2%、2位「歯の色」=32.7%、3位「口臭」=27.1%だった。

そのなかの「口臭」についてすこし詳しくみてみよう。

① 口臭は年代や性別に関係なく全世代が悩むトラブルで、80.6%が自分の口臭が気になった経験がある。

② 男性(76.2%)よりも女性(85.3%)のほうがより気にしている。

③ 30代は口臭心配度の男女間ギャップが最大になる。男性=75.2%、女性=89.3%。

④ 口臭が気になる相手は「配偶者」や「会社の上司や同僚」など。

女性が最も気になるのは配偶者の口臭で、夫が妻の口臭を気にする(59.3%)より、妻が夫の口臭を気にする(83.6%)割合が圧倒的に高い。

夫は年をとれば妻の口臭をあまり気にしなくなるが、妻はいくつになっても夫の口臭がずっと気になっているようだ。

⑤ 配偶者に次いで気になる相手は、会社の上司や同僚(69.8%)、男友だち(67.6%)の順。

⑥ 口の臭いを他人から指摘された経験があるのは約4割(41.5%)。

女性(37.1%)より男性(46.7%)の方がやや多い。

口の臭いを態度やジェスチャーで他人から示された経験があるのは、4人に1人(25.5%)。

具体的には、「距離をあけられる」(41.8%)、「顔をそむけられる」(31.3%)、「会話中にイヤな顔をされる」(29.0%)。

⑦ 「口臭の原因の多くが、歯周病・むし歯・入れ歯の汚れなどの口の中の病気にあること」は、7割近く(65.7%)が認知。

⑧ しかし「糖尿病、腎臓病、胃炎、腫瘍などが口臭の原因となることもある」の認知率は3割(31.0%)と低い。

⑨ 口の臭いが気になった時の対策、「歯を磨く」(66.0%)、「ガムやタブレットをかむ」(51.8%)、「うがいをする」(38.4%)。

⑩ 口の臭いが気になったとき「歯科医院を受診したほうがよい」の認知率は17.0%。実際に「歯科医院に行く」は9.4%。

─以下、口臭外来の専門医のコメント。

「口臭の原因は、歯の磨き残しや歯周病、舌苔など、口のトラブルが9割。

残りの1割は、副鼻腔炎など耳鼻科の病気がほとんど。

口と鼻の病気のほかには、糖尿病や腎臓病でも特有のにおいが出ることがある。

口臭を気にして〈口臭外来〉に来る人の多くは、歯磨きは丁寧にしているが、舌苔で舌が真っ白なことがよくある。

歯磨きとともに舌苔を落とす「舌みがき」もするとよい。

実際には口臭がないのに、あると思い込んでしまう〈仮性口臭症〉で苦しむ人もいる。

専門外来では、時間をかけて問診し、口臭を測定する機器で客観的に口臭の強さを測定、口臭がないことを納得してもらう。

口臭を指摘されたら歯科医の指導を受け、歯と舌のケアを─」



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