暮らしのなかの健康法万般。赤ちゃんからお年寄りまでの病気の解説・予防・治療法。食生活、食品、サプリメント情報…など、面白くてタメになる実用エッセイ。

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2012年10月

心がつくる病気

 心身症

 心の悩みのせいで体の具合が悪くなる病気を「心身症」という。

 ストレスが原因になりやすい。

 一方、「うつ病」も、ストレスが誘因になることが多い。

「だから心身症とうつ病は、根っこは結構近くて、病気の性質が違う、というふうに理解してください」と、中尾睦宏・帝京大学医学部准教授(心療内科)。

 ストレスが原因になる病気で、特に心身症的側面の強い病態は、神経性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、過敏性大腸炎、虚血性心臓病(狭心症、心筋梗塞)、円形脱毛症、不妊症、高血圧、動脈硬化、気管支ぜんそく、などがある。

 そのほか心気症(自分の健康状態を必要以上に心配する精神症状)、不安神経症、ヒステリー、そううつ病、統合失調症などもストレスが発症の原因となりうる病態と考えられている。

 心身症でもうつ病でも不安神経症でも、そして近年注目されるようになった身体表現性障害でも、体には何の異常も認められないのに、強い痛みが生じることがある。

 心がつくる体の痛みだ。

 心─このあえかにして不思議なるもの!

 心因性疼痛

 痛みは、①末梢神経性疼痛。②中枢性疼痛。③精神的疼痛に分類される。

 ①は、ケガなどのように皮膚や粘膜などが傷害されたときや、炎症やけいれんなどによって内臓に起こる痛み。

 ②は、脳の中の病気が原因となって起こる痛み。

 脊髄や脳幹などの中枢神経に起きた病変によって手足に強い痛みを感じることが多い。

 ③は、心因性疼痛ともいい、器質的障害(体の器官に生じた損傷)は全く認められず、心理的な要因のみで起こる痛みだ。

 また、器質的障害に伴う痛みが、心因によって増強される例も多くみられる。

 痛みというのは、医療の現場で最も頻繁にみられる訴えで、難治性で慢性疼痛の場合、患者は非常な苦痛を強いられ、医師は治療に難渋する。

 身体的な要素が強い痛み(器質的障害に伴う痛み)に対しては、ひたすら最先端の医療をもって原因解明の検査を進めていき、原因が突き止められたら、それを解消する治療を行えばいいわけだが、心因性の痛みはとらえどころがない。

 ある意味、最も厄介な痛みといえる。

 身体表現性障害

 心に原因のある痛みは三つに分けられる。

 一つは、うつ病の症状として現れる痛みで、もう一つは不安障害(ハッキリした原因もなく、激しい不安がしばしば生じ、どうき、息切れ、発汗、めまいなどさまざまな症状が現れる状態)。

 三つめが、うつ病でも不安障害でもないが、やはり心の病気である「身体表現性障害」の症状の一つとして現れる痛みだ。

 身体表現性障害には、疼痛性障害、身体化障害(頭痛、吐き気、腹痛、月経痛など体のいくつもの臓器に関連したさまざまな症状)、転換性障害(精神的な苦痛が身体的苦痛に転換された形の障害)、身体醜形障害(自分の体や美醜に極度にこだわる症状)など多くの病態があり、いわゆる「不定愁訴」と同じ病態とみていい。まだあまり研究が進んでいないので、臨床的に見過ごされがちなことが多いそうだ。

 聞けば聞くほどややこしい感じだが、心と体の連動で起こる多種多様な病気は、心療内科の担当だ。


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ゴルフと心臓

 ゴルフ場で心臓発作を起こして倒れたという話を聞くことが、ままある。

 スポーツ中の突然死をまとめた統計を見ても、若い人ではランニング、水泳、サッカーなどが上位を占めているが、40~65歳ではゴルフが1位、65歳以上では1位がゲートボールで、2位がゴルフだ。

 中高年者には競走、競泳、サッカーといった激しい運動をする人は少なくなるので、そのほうの事故はへるのだろう。

 それはわかるのだが、ゴルフやゲートボールのようないわばスタティック(静的)なスポーツで致命的な事故を招くことになるのは、なぜだろう。

 最大の原因は、たぶん精神的緊張だろう。

 その証拠にゴルフ場での突然死はほとんどグリーンで起きている。

 ここ一番というパットのプレッシャーが、血圧を押し上げ、心臓の血管を収縮させて、心臓発作の引き金を引くことになるのだろう。

 心筋梗塞や狭心症の発作が最も多く発症するのは、寒冷刺激によって、血管が収縮し、血圧が上がる冬だが、冬に次いで多いのは夏だ。

 夏場は、大汗をかいたとき、水分を補給しないと、脱水が生じ、血液が粘っこくなる。

 そのため、血液の流れが悪くなり、血栓ができ、血管が詰まりやすくもなるのだろう。

 コースへ出る前、プレイ中、水分の適切な補給を──。

 もっとも、グリーンで倒れたからといってすべて心臓発作とは限らない。

 脳卒中のこともあるだろうし、夏場だと熱中症のこともある。

 心臓発作でも、狭心症は、グリーンよりもむしろ坂道などを歩いているときに起きることが多いようだ。

 過去に狭心症の発作を経験している人は、ニトログリセリンの錠剤を携帯しているはずだから、腰を下ろし、ニトロを舌下にふくめば、ほどなく症状は落ち着く。

 初めての発作だったが、パートナーが持っていたニトロで助けられたという例も少なくないようだ。

 意識がしっかりしている場合の対応はそれでよい(むろん、プレイは中止する)が、問題はパッタリ倒れて、意識を失った場合だ。

 このとき、パートナーがまず行わねばならないのは、呼吸と脈の確認だ。

 1 鼻と口に手のひらを当て、吐く息が感じられるかどうかを調べる。

 吐く息が感じられない場合、舌根が沈下して気道をふさいでいるのだ。

 2 人差し指と中指をあごの先に当て、もう一方の手を額に当て、あご先を持ち上げるようにしながら、額を静かに押し下げるようにして、頭を後ろに反らせる。

 3 人差し指と中指を頸動脈に当て、脈がふれているかどうか確かめる。

 呼吸と脈拍が確認できたら、安静にして救急車を待つ。

 4 呼吸と脈拍が確認できなかったら、大声を上げて、AED(自動体外式除細動器)を持ってきてもらおう。

 5 AEDがくるまで心臓マッサージ(胸骨圧迫)を休まずに行う。

 6 心臓マッサージのやり方=倒れている人の胸の真ん中(乳頭と乳頭を結ぶ線の真ん中)に手のかかとの部分を重ねてのせ、肘を伸ばしたまま真上から強く(胸が4~5センチ程度沈むまで)押す。

 7 AEDには、だれでも使えるように音声のガイドと図がついていて、自動的に心臓の状態をチェックし、使わなくてもいい場合は、器械は動かない。

 使用法を間違える心配はない。 ためらわず、使おう。

 こうした事故を招かないため、心臓病の既往歴をもつ人は、なるべく坂道の少ない、慣れたゴルフ場を選び、少しでも体調が悪かったら(不義理を恐れず)コースに出るのをやめることだ。

 なお、ニトロには「使用期限」がある。

 期限を過ぎた薬や、期限内でも錠剤をむきだしにしていると、成分が揮発して薬効が薄れてしまう(舌先でなめてみてピリッとこなかったら薬効が薄れた証拠)。

 シートなどに明示された使用期限を確かめて、いつも新しい薬を携帯するようにしよう。


おれのがん余談

 しかし、まあ、なんとよく病気をするものだ。

 肝嚢胞、前立腺がん、失聴、尿管がん。

 おれは、学歴は貧しいけど、病歴は輝かしく豊かなのである。

 肝臓高校、前立腺大学、難聴専門学校、尿管大学院──卒業したのは高校だけで、ほかはたぶんずっと留年したままで終わりそうだが。

 それらの病気によっておれは多くのことを学び、矯めされ、鍛えられた。

 おれが病気を治すのではない、病気がおれを直してくれるのである。

 おかげで、ずいぶんいい加減な人間がいくらかまともになれたようにも思える。

 人間、なにが幸いするかわからない。

 がんも、失聴も、自分にはぜひ必要なもので、天の恵みであった。

 これからも、がんを楽しみ、ツン〇を笑い、もう少し生きてみよう。

 おれはいま、そんなふうに思っている。

 それにしても、おれがかかるのは、前立腺肥大症、前立腺がん、尿管がん......なぜかほとんど下のほうの病気ではないか。

 肺結核、狭心症、うつ病......といった、上のほうの上品で優雅な感じの病気に比べると、下等というか下品というか、優雅さに欠ける感じである。

 いかにもおれに似合っているなぁと思う。

 病気も人を選ぶのだろうか?

 ──などと、ざれごとを記したあとに続けるのはどうかと思うが、あの湯川秀樹博士も前立腺がんだった。

 博士は1975年の夏に前立腺がんを発症、81年秋、亡くなられた。

 がん発覚直後に2度、手術を受けた。

 日夜、すさまじい痛みに襲われ、スミ夫人と手をとり合い、「死のうか」と言ったと、何かで読んだ記憶がある。

 湯川博士は仰ぎ見る高峰、こちらは麓の道ばたの石ころだが、同じがんの患者としては石ころのほうがずっと幸福だった。

 現代医学の進歩と医療の普及のおかげである。

 おれはいま、この10有余年を振り返り、自分がいただいた恩恵を噛みしめている。


おれのがん

「これ、肥大じゃないな。がんですよ」と、シャウカステンのX線写真を見て、医師。

 おれの10年余にわたる前立腺がんとの深い親しいつき合いは、この一言から始まった。

 1999年10月25日、前立腺肥大症の温熱療法を受けるための事前検査の結果を聞きに行ったときのことだ。

 男性の膀胱の出口のところにある前立腺は、精液(の一部)をつくる器官だが、50代も半ばを過ぎると、それがだんだん大きくなって、尿道を圧迫する。

 ために、尿が出にくく、トイレが近くなる。

 おれの場合もまず尿線が細くなり、睡眠の持続時間が短くなった。

 夜12時ごろ寝床に入ると、夜明けの4時か5時には必ずおしっこに起こされてしまうのだ。

 しかし、そんなものはまだほんの序の口だった。

 やがて最低2度、しばしば3度(約2時間おきに)、起きなければならないようになった。

 それもなかなかつらかったが、なんといっても、切なくつらい思いをさせられたのは、尿意を感じたとたん、たちまち漏れそうになる、切迫尿意だった。

 ある夜、池袋で一杯やって、山手線の内回り電車に乗り、次の目白駅を発車したとたん尿意が生じた。

 と、次の瞬間、あわや失禁しそうになったから大いにあわてた。

 いまパソコンの「駅すぱあと」で確かめたら目白─高田馬場間は「2分」だが、あの2分間の苦しさといったらなかった。

 高田馬場駅で電車が停まって、ドアが開くなり飛び出したのだが、トイレへの階段を駆け降りる途中、ついに生温かい液体が股の内側をしたたり落ちた。

 いや、その情けなさ!

 いまも忘れることができない。

「もっと早く受診すべきだった」と、ほぞをかんだ。

 前立腺肥大症の治療には、

 ①尿路の神経の緊張を緩めて尿の出をよくする飲み薬、

 ②肥大した腺腫を電磁波で加熱し縮小させる温熱療法、

 ③先端に電気メスのついた内視鏡で腺腫を削り取る経尿道的前立腺切除術(TURP)などがある。

 失禁を招くまで放っておいた、わが前立腺肥大症(と、独り決めしていた)は、すでに薬が効くレベルは超えてしまっただろう。

 最終的には手術ということになるのかもしれないが、とりあえずは日帰りの温熱療法を受けてみよう。

 そう思って、温熱療法専門のクリニックを訪ねて、超音波やX線CTなどを含む事前の検査を受けたところ、思いもしなかった、がんが見つかったというわけだ。

「PSAはいくつですか?」とたずねたら、

「241です」

 これには本当におどろいた。

 思わず、「それじゃナベツネどころの話じゃないですね」と口走っていた。

 PSA(前立腺特異抗原)は、前立腺にだけある糖たんぱくで、がんになると血液中にふえる。

 90%以上の確率で前立腺がんを発見できるので「血液検査でわかるがんは、白血病と前立腺がんだけ」といわれる。

 天皇陛下の前立腺がん診断のきっかけとなったのも、毎年受けておられたPSA検査だった。

 PSAの正常値は血液1ミリリットル中4ナノグラム以下、

 4.1~10は「がんを疑うグレーゾーン」、

 10.1~20は「がんの疑い」、

 20以上は「がんの疑い濃厚」とされる。

 渡辺恒雄・読売新聞会長の前立腺がんが見つかったときのPSA値が14.4で、ホルモン療法によって0.1まで下がった。

「このまま手術をしなくても2年から5年は心配ないが、そのあと、ホルモン療法が効かない低分化がんが発生する可能性が残る。

 これを未然に防ぐため前立腺を全摘する根治手術を受ける」と、記者会見して公表したのが1998年1月のことだった。

 PSA値281と聞いて仰天し、「ナベツネどころの......」と口走ったのは、そのことが頭にあったからだ。

 もはや日帰りの温熱療法どころじゃない。

 大学病院の泌尿器科を受診、そこでの精密検査で、おれの前立腺がんは、低分化型という悪性度の高いタイプで、前立腺の被膜に浸潤した段階(まだ骨などへの転移は認められない)のステージCと診断された。

 がんが、前立腺内に限局しているステージAとBならば根治手術、リンパ節や骨などに転移しているステージDだともう根治は望めないので、がんの増殖を抑えるホルモン療法が主体になる。

 では、ステージCは?

「ステージCに対する治療法の選択がいちばん難しい。根治手術の成績があまりよくないのです」というのが、主治医のH先生の説明で、当面、LH─RHアゴニストという注射薬を主剤とするホルモン療法が行われることになった。

 ホルモン療法と聞いて、ホルモンを補充する治療法かと思ったのだが、そうではなく、ホルモンの分泌を抑えるのである。

 先生の説明を要約すると─、

 前立腺がんは、男性ホルモンのテストステロンの作用で増殖する。

 この男性ホルモン依存性を遮断するのが、前立腺がんの進行を抑える最も効果的な治療法で、その手っ取り早い方法は、テストステロンの約95%をつくっている精巣(睾丸)をとってしまう手術である。

 近年、それと同程度の効果を示すLH─RHアゴニストが開発されて、前立腺がんの治療は進歩した。

 薬は、成分が徐々に放出される「徐放剤」なので1回の注射で約1カ月、効果が持続するということで、以来、毎月1度、通院し診療を受けることになった。

 この薬、おれには(おれにも)、じつによく効いた。

 あのつらい切迫尿意の症状がたちまち完全に消失し、241という驚異的数値だったPSA値が、検査のたびにストン、ストンと下がり、2001年1月には0・02を記録した。

 頻尿だけは依然として続いていたが、どこも痛くもかゆくもないし、失禁の心配など全然無用、友人たちの「元気そうじゃないか」に、「がんになったおかげだ」と応じるのが決まり文句の返事だった。

 しかし、がんは、やはりがんだ。

 そういつまでもおとなしくしていてはくれない。

 0.02まで下がったPSA値は、こんどは上昇に転じ、じりじりと上がり続けて04年3月には11に達した。

 ここで、H先生が行ったのが、それまでLH─RHアゴニストと併用してきた抗アンドロゲン(男性ホルモン)剤など3種類の内服薬を一切中止するという〝治療法〟で、それによって次の月のPSA値は一気に0.5に下がった。

「アンチアンドロゲン除去症候群」と呼ばれる、体のリアクション現象なのだそう。

 上がったり、下がったり、それからもPSAのシーソーゲームは続き、06年5月には再び2.7に上がり、いよいよ最終的ながんの本格攻勢を覚悟すべきかと思ったとき、先生の新しい提案は、放射線治療だった。

 前立腺の周囲には尿道、直腸、膀胱などが入り組んでいるため、放射線を一方向から照射する定位放射線治療は不向きだが、最近開発された強度変調照射法(IMRT)は、コンピューターを使い、複数の方向からの照射を組み合わせて、放射線を凹凸状に照射するもので、前立腺がんの治療にすぐれた効果を上げているとのことだった。

 そして06年6月から8月まで毎週月~金の8週間(40回)通院して受けた、放射線治療によって、PSA値は0.008未満と限りなくゼロに近づき、これでもう一件落着だなと喜んでいた。

 ところが、一難去ってまた一難、08年11月の尿検査で潜血反応がみられ、詳しい検査の結果、左の尿管にがんが見つかった。

「前立腺がんの転移ですか?」

「いいえ、原発がんです」とのことで、同年12月、H先生の執刀により、がんが発生した左の尿管と腎臓を摘出し、膀胱の一部を切除する手術が行われた。

 ──と、以上のような経過をたどって、2012年10月現在、PSA値はまた上がって14・3、ときたま尿管がんの手術跡が鈍く痛んだりはするが、まずまず元気で、毎日小1時間のウォーキング(後ろ歩き500㍍つき)で汗をかき、妻と缶ビールを半分ずつ飲んだりしている。

 ただ一つ、難儀なことは、毎晩ほとんど2時間おきにトイレに起きなければならないことだ。

 おまけに尿線が細く、ちょいちょい途切れるので、ひどく時間がかかる。

 だが、かんがえてみると、たとえ細々とでも出てくれるから生きていられるので、これが出なくなったら、命にかかわるだろう。

 一つだけ残った腎臓は、がんばって尿をつくり、出口の狭まった膀胱が、けんめいに収縮し排出してくれている。

 そうおもうと、なにかありがたい気持ちになる。

 むかし、田舎の家の炉ばたの茶飲み話に、だれかが、

「あそこの家のばあちゃん、歩きながらおしっこ、ぽたぽた...」と笑ったら、祖母が、

「おしものことを笑うちゃいかん」とたしなめたことを思い出す。

 あの祖母だったら、いまのおれに、こう言ってくれるのではないだろうか。

「おしもを大切にしなさいよ。おしもは、いのちなんよ」


三つの要因

 ずいぶん以前から言われていることだが、がんの痛みに対する治療は、日本は世界に比べてかなり遅れている。

 世界保健機関(WHO)の指針が示す徐痛率レベルに達しているのは緩和ケア病棟のほかは、がんセンターとがん拠点病院などが約60%、大学病院約40だという。他は推して知るべしだろう。

 日本のがん疼痛(とうつう)治療がなかなか進まない要因として、次の三つを専門家は指摘している。

 ①医師に遠慮して患者が痛みを積極的に訴えない。

 ②医師が抗がん治療のみを考え、痛みを病気が示す症状の一つにすぎないとみて、痛みへの関心が浅い。

 ③痛みの治療に用いる医療用麻薬に対する偏見と誤解がいまだに強い。

 がんの強い痛みへの鎮痛薬として、WHOが推奨している強オピオイド(モルヒネ、フェンタニル、オキシコドン)の使用量は、日本は欧米諸国の3割以下だ。

 緩和ケア普及啓発事業「オレンジバルーンプロジェクト」は、「がんの痛みやつらさを一人で抱えていませんか」と訴えている。

詳しくは、www.kanwacare.netを─。


我慢しないで!

 がんの痛みは、モルヒネなどの医療用麻薬の飲み薬や張り薬を定期的に用いて抑える。

 それによって中毒になったり、死期を早めるということは絶対にない。

 健常者では依存が起こるが、強い痛みを感じている状態では依存が起きないことは、以前から臨床的にはわかっていたが、1990年代後半にそのメカニズムが解明された。

 痛みをとったほうが長生きすることも確かめられている。

 飲み薬や張り薬のほか、①腹腔(ふくくう)神経叢(そう)ブロック②硬膜外ブロックなどの治療法もある。

 ①は神経破壊薬(アルコール、フェノール)を注入し、胃がんや膵臓(すいぞう)がんなど上腹部の痛みを抑える。

 長期間の徐痛効果が得られるので退院が可能となったり、鎮痛薬の量を減らせたりし、患者のQOL(生活の質)改善につながる。

 ②は脊髄(せきずい)をおおっている硬膜の外にカテーテルを通し、麻酔薬を注入し、痛みの神経を遮断する。優れた鎮痛効果が得られる。

 痛みは我慢せず、率直に強く訴えよう。


WHO方式

 がんの痛み治療の基本は、WHO(世界保健機関)が1986年に発表した。

「非オピオイド」「弱オピオイド」「強オピオイド」と3段階に分類された鎮痛薬を、患者が感じる痛みの程度によって処方する。

 オピオイドとは、痛みを感じて脳へ伝達する神経組織のオピオイド受容体に結合して痛みを緩和する「医療用麻薬」の総称だ。

 軽度の痛みには非オピオイドの消炎鎮痛剤──アスピリン、アセトアミノフェリン、イブプロフェン、インドメタシンなどが用いられる。

 軽度から中等度の痛みには弱オピオイドのリン酸コデイン、低用量のオキシコドンを用いる。

 中等度から高度の痛みには強オピオイドのモルヒネ、フェンタニル、通常用量のオキシコドンを用いる。

 弱オピオイドと強オピオイドの鎮痛作用には1:10以上の効力の差がある。

 剤形には経口薬、張り薬、座薬、注射薬とあり、痛みの程度に応じて、薬を追加したり、組み合わせを変えたりする。

 この「WHO方式」によって、がんの痛みの80~90%は抑えられることが実証されている。


疼痛ゼロの日

 10月20日は、10(とう)、2(ツー)、0(ゼロ)の語呂合わせで「疼痛(とうつう)ゼロの日」。

 がんの疼痛治療の普及と理解を促進するNPO「JPAP」が決めた。

 JPAP(Japan Partners Against Pain)は、2003年、「ともに痛みとたたかう」の考えに賛同した医療従事者11人によって設立された。

「We are Partners Against Pain

 私たちは、患者さん・家族の声に耳を傾け、すべての痛みから解放し、支えていきます」と第1回全国大会で「宣言」した。

 がんは日本人の死因の第1位。

 そのがん患者の約8割が直面するのが激しい痛みだ。

 痛みは、生きる気力、治療への意欲を奪い、家族との大切なひとときをも奪う。

 しかし現在のがん治療の現場では、痛みに対する配慮は十分ではない。

「JPAPは、すべてのがん患者さんが、あらゆる『痛み』から解放されることをめざします」

 11人で始めたが、2012年の会員(医師、看護師、薬剤師、その他の医療従事者)数は3000人を超えた。


がんの痛み

痛み訴えるべし

 がんが恐れられる理由の一つは、強い痛みだ。

 がん患者の三割強は痛みを訴え、末期には七割が強い痛みに襲われるといわれる。

 このがん性疼痛について、WHO(世界保健機関)が1986年、鎮痛薬の段階的使用法などを含む「WHO方式がん疼痛治療法」を公表、各国で80~90%の患者が痛みから解放された。

 だが日本のみ先進国中最低の成績が続いている。

 緩和医療の専門医、がん対策情報センターの的場元弘・情報サービス室長は、医師をはじめ医療者の「痛み」についての過小評価が、日本のがん疼痛治療を妨げている大きな要因と指摘している。

 半面、我慢が美徳─という日本人的な心情も働き、少々の痛みは医師に訴えない人が多い。

 高齢者ほどその傾向が強いという。

「痛みの感じ方は人それぞれで、他人にはわかりません。はっきりしているのは、痛みは伝えてもらわなければ、無いものとして扱われかねないということです。我慢せずに、まずは訴えるべきです」 
 患者側の意識変革も必要なようだ。
 

 知覚の過敏化

 がんの痛みがひどくなると、立ったり座ったりするのもつらく、自分でトイレに行けない、眠れない、食べられない、いつもイライラして不安...など日常生活が破壊される。

 緩和医療の専門医、的場元弘さんは、メディアセミナーで次のように話した。

「痛みは治療しないで放置すると、しだいに強くなっていきます。

 例えば手にけがをすると、その刺激が腕から脊髄に入って脳に伝わります。

 そのとき痛みの刺激が次々に来ると、脊髄の神経単位の入り口が敏感になっていき、同じ刺激でも強く感じるようになります。

 これが知覚の過敏化です。

 がんの痛みでも同じことが起こります。

 内臓の痛みではさらに複雑なことが起きることがあります。

 ある内臓に痛みがあると、その内臓の高さの脊髄から出ていく自律神経、運動神経、あるいは皮膚の知覚神経のすべてが影響を受け、皮膚にも痛みが現れたり過敏になるだけでなく、筋肉が収縮し、呼吸困難が起こることがあります。

 がんの痛みに早期から対応しなければならない理由の一つです」


麻薬迷信

 もう三年になる。

 北国の秋が深むころ、北村透谷や島崎藤村のすぐれた論究で知られた近代文学研究者、藪禎子氏(享年78)が亡くなった。

 藪さんは、2008年12月、突然の腹痛で入院した病院で胆石症と診断されたが、「胆のうに影がある」と言われ、年が明けて、札幌市内の医大病院に転院した。

 手術の適応を超えている胆のうがんとわかり、抗がん剤による治療が行われた。

 3月中旬にいったん退院、通院治療を受けていたが、しだいに悪化、再入院した。

 食事を一切受けつけず、栄養成分の輸液と点滴が続けられたが、激痛を訴えるようになった。

 伝え聞くところでは、痛みがひどくても、患者ご本人が「モルヒネは怖い」と言い、用いなかったという。

 知識人の間にもまだそんな「麻薬迷信」が残っていたとは!

 おどろき、なげいた。

 事実は全く逆で、モルヒネなどで痛みを抑えたほうが病状も安定し、延命効果もあるとわかっている。

 不肖マルヤマも前立腺がん13年目。

 最期のときは、①極力、痛みを抑え(からきし意気地なしなのだ)、②人工呼吸装置などの延命処置は無用──と主治医に強く望みたい。

 そう心に決めている。



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