暮らしのなかの健康法万般。赤ちゃんからお年寄りまでの病気の解説・予防・治療法。食生活、食品、サプリメント情報…など、面白くてタメになる実用エッセイ。

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雑誌・書籍紹介

子どもたちへ

「こどもの日」に、ちょっと再読したくなる文章がある。

 ドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」の「エピローグ3 イリューシャの葬式。石のそばでの演説」の一節だ。

 みんなに愛された「親切で勇敢な少年」の葬式の帰り道、少年が生前、「あの下に葬られたい」と言った大きな石のそばで、カラマーゾフ家の三男─宗教心のあついアリョーシャが、子どもたちに話し始める。


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『自宅で死にたい』抄

 猛暑の午後、1冊の本を読んだ。

 蒲谷茂著『自宅で死にたい しあわせな最期の研究』(パジリコ株式会社=1500円+税)。

 ああ、これは他人事ではないぞと思った。がん二つ(一つはまだ残存)、おまけにミンツン(全聾を意味する屋久島語。ミン=耳)の身には、緊急かつ最大の関心事である。


明解 病気・症状ハンドブック

『死に至る病◉チェックブック』

 なんだかおっかない感じの書名だが、人間だれでもいつかは必ず死ぬわけで、災害、事故、事件などによる不慮の死ではなく、病気で死ねる(親よりも後で、子よりも先に)というのは、とても幸せなことだと思う。

 その病気による死をさらに幸せなものにするには、治る病気も、治らない病気も、早く見つけなければならない。

 そして最良の治療法によって、治る病気は早く治し、治らない病気はだましだまし、いのちを長もちさせる。

 しかるのちに迎える安楽な臨終...、人の幸福、それにつきるのではあるまいか。

 そのための必須条件は、早期受診・適切治療、これしかない。

 本書は、その絶好のガイドブックである。

 とり上げた病気は、胃がん、肺がん、乳がん、肝がん、前立腺がん、子宮体がん、子宮頸がん...など26の各種がんに始まり、狭心症、心筋梗塞、心室細動、不整脈......脳出血、脳梗塞、くも膜下出血、脳動脈瘤、髄膜炎......ときて、エイズ、破傷風、うつ病、熱中症、サルコイドーシス、全身性エリテマトーデスまで76種類─。

 76の病気のそれぞれに見開き2ページが充てられ、左ベージには病名の大見出しの下に、体に現われるさまざまな変化の「症状チェック」。

 右ページには、(たとえば「胃がん」の場合)「早期なら9割は治る」という見出しの下に、「病気の内容」「予防法」「検査と治療法」「初診に適した診療先」と、簡にして要を得た解説が記載されてある。

 いま、適当にパラッと開いてご紹介すると、左ページには、

 皮膚がん(悪性黒色腫)

 症状チェック

□ほくろの一部または全体が硬くなってきた

□ほくろの色に濃淡ができてまだらになってきた

□ほくろの大きさが1~2年の間に目立って大きくなってきた

□ほくろのふちがギザギザになったり、しみ出しが出てきた

□ほくろの一部にかたまりのようなものができた。

□爪に黒褐色の縦のすじができ、短期間に色が濃くなり、すじの幅が広くなってきた

□爪が割れた ─などとあり、

 右ページは、「足裏のホクロは要注意」という見出しにつづいて、

 ●病気の内容

 皮膚がんの一種で、転移しやすく悪性度が高いがんです。皮膚の色と関係するメラニンをつくるメラノサイト(色素細胞)や、ほくろの細胞(母斑細胞)ががん化してできます。
足の裏や爪にできることが多く、最近は背中や手足にできる人も増えています。─以下、略─。

●予防法

 悪性黒色腫だけでなく、皮膚がんの予防には過度の日光照射を避けることが大切です。また発がん性のある化学物質に触れる可能性の高い仕事や趣味を行う場合は防護するようにしましょう。

●検査と治療法

 患部から組織を採って顕微鏡で調べると転移をうながす可能性もあると考えられ、腫瘍全体を切除し、病理検査を行います。血液・超音波・CT・MRI・PET検査などを行います。
 手術によってがんを切除する方法が優先されます。悪性黒色腫は周囲にかなり高い確率で皮膚転移(衛星病巣)が数ヵ所発生するという特徴を持っているので、広く切除します。─以下、略─。

初診に適した診療先 皮膚科

 ─というような説明が、すべての病気について同じパタンで簡潔明解に行われている。

「死に至る病」はキルケゴール著の古典、絶望を意味する隠喩で、「チェック・ブック」は小切手帳のことだが、こちらは実際に死を招く病気そのものを直截的に示し、防ぎ・治す方法をずばり教えてくれる切り札のような本である。

 編著者の蒲谷茂氏は、健康雑誌『大丈夫』の創刊編集長などを経て、いま最も油の乗った仕事をしている医学ジャーナリスト。

 監修の栗原毅・慶応大学特任教授は、肝臓内科の専門医であり、「血液サラサラ」の造語で知られる健康学、医療全般に通じる綜合医でもある。

 発行=バジリコ(1200円+税)

「手遅れ」や「誤診・誤療」を賢く避けて、PPK(ぴんびんころり)、GNP(元気ニコニコぽっくり)の健康長寿をめでたく成就したいと願うならば、薬箱と同じように一家に一冊、常備されることをお勧めします。


燦燦、傘寿の少年小説

 宗田理さんの最新作『悪ガキ7 いたずらtwinsと仲間たち』を読んだ。思う存分暴れまわる子どもたちから元気をもらった。楽しかった。「遊ぶ子供の声聞けば,我が身さへこそ揺るがるれ」である。

 物語の舞台は、東京の片隅に取り残された小さな別天地(その名も「葵」!町)。大川と運河に囲まれ、関東大震災も東京大空襲も奇跡的にまぬがれて、古い神社やお寺、お化け坂やかっぱ池、迷路のように入り組んだ路地......、そこらじゅうが子どもたちの絶好の遊び場だ。

 悪ガキセブンの一党は全員小学5年生。

 そば屋の娘、双子のマリとユリ、八百屋の息子でけんかの強いマサル、葬儀屋の息子で将棋の達人ヤスオ、洋食屋「くい亭」の次男で食いしん坊のヒロ、ケーキ屋のケンタはちょっぴり弱虫がむしろ長所、古本屋の博学娘サキ。

 大人も子どもものんきに暮らす平和な町に、ある日とつぜん、事件が持ち上がる。

 町がつぶれるかもしれない「スーパーがやって来る」に始まり、いじめっこに立ち向かう「幽霊大作戦」、隣町を仕切るワル高校生らとの「秋葉神社の決闘」......悪ガキ7人組の正義のいたずらが躍動する。

「近ごろはいたずらする子がいなくなった。いじめをいたずらと勘ちがいしている子がいるけれど、それは大まちがい。弱い者を寄ってたかっていたぶるのはひきょう者のやること、いたずらは強い者、悪い者を相手にするのだから、知恵と勇気とユーモアがなくてはならない」と、彼らを応援するミーおばさんは、学校の前にある文房具屋兼忘れもの屋の店主、以前は小学校の先生だった。

 おばさんの孫でロンドン育ちのイケメン高校生、サッカー選手の涼介も強い助っ人だ。

「葵町のような町があったら、そして、こんな悪ガキたちがいたら、きっと子どもたちの世界は今より明るくなるのではないだろうか。

 そんな思いで書いたのが悪ガキセブンです。」と、同書の「あとがきにかえて」はいっている。

 子どもたちもさぞ愉しく面白がって読んでいるだろうが、作家自身、めっぽう楽しく面白がったのではないだろうか。

「書きながらすごく楽しかったんじゃないですか」とメールを送ったら、

「そう、この物語は、今までになく楽しんで書きました。いつもはこんなふうにはいきません」

 やっぱりなあ、すごい人だなあ、この人のなかでは昭和ヒトケタの子ども心が生きてるんだなあ、ウルマン顔負けだなあ、と思った。

 いまや知らぬ人とてないあのサムエル・ウルマンの詩『青春』に、いわく、

 青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。

 いわく、

 年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

 また、いわく、

 六〇歳であろうと一六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探究心、人生への興味の歓喜がある。

 さらに、いわく、

 頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、八〇歳であろうと人は青春にして已む。
             (訳・作山宗久)

 宗田さんと知り合ったのは、1959年の4月である。おたがい、まだ20代だった。

 当時は「ソーさん」のほうが三つか四つ、年上だったはずだが、いまはこちらが30も40も年上になっている。

 詩『青春』はサムエル・ウルマン78歳の作品だという。"傘寿の少年"宗田理は80歳を超えてまだまだ書き続けるだろう。

 つくづくすごい人だと思う。


歯はみがくだけでいいのか?

 ああ、いい本だなあ!

 何度となくそう思いながらページをめくった。

 蒲谷茂『歯は磨くだけでいいのか』(文春新書)。

●肺炎から身を守る1本の歯ブラシ

●歯がない人はボケやすい

●自前の歯があれば簡単に転ばない

●寝たきりになる原因は歯にあった

●歯は脳へ刺激を与えている

●歯周病は心筋梗塞の危険因子

●糖尿病と歯周病は表裏一体

●歯を磨かない人ほどがんになりやすい

 同書のなかのいくつかの章節のタイトルだが、なぜ、そうなのか、そうならないようにするためにはどうしたらよいのか。

 最新の研究にもとづく詳しい解説が、わかりやすく(そのうえじつに面白く)理路整然と展開される。

 話し上手の人のよどみない話をじかに向き合って聞いているようで、少しもあきない。

 虫歯も歯周病も細菌による感染症であり、その影響は全身に波及し、さまざまな病気のもとになる。

 口の中の細菌が血液中に入り込むと、血管の壁にくっついて炎症を起こし、動脈硬化を促進し、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)や脳卒中につながる。

 そういったことが、内外の多くの確かな研究データを示しながら、説得力に満ちた語り口でじゅんじゅんに説き明かされる。

 興味深い話がぎっしり詰まっていて、"行数稼ぎ"のムダな記述など1行も、ない。

 パラッと開いたページに目を走らせると、たちまち引き込まれて、もう手放せない。

 いま、最も油の乗った仕事をしている医療ジャーナリストの会心の一書である。

 で、さて、歯はみがくだけでいいのか?

 いいえ。

 いくらしっかりみがいても、歯みがきだけでは歯を完全に守ることはできない。

 みがき残した歯と歯の間、奥歯の裏側、歯の根元などにバイオフィルム(菌膜=虫歯菌や歯周病菌の巣)ができるからだ。

 これの除去は、歯科衛生士というプロの手を借りなければならない。

 しかし、3ヵ月に1度、それをきちんとやってもらえば、虫歯も歯周病も確実に防ぐことができて、歯とつながる体や脳のさまざまな生活習慣病を防ぐ道筋が開ける。

 ─ということが、この本を読めば、すっきりわかる。

 最新の歯学、医学に関心のある人、元気に長生きしたい人、必読の一冊であるだろう。


冷え&冷え症対策

 ◎人工炭酸泉

 冷え対策で最も効果的なのが、ぬるめの湯にゆっくり入り、体のしんまで温まる半身浴だ。

 温泉医学に詳しい前田真治・国際医療福祉大学大学院教授の話では、それが炭酸泉浴だとさらによろしい。

 高濃度に含まれる炭酸ガス(CO2)の効果で、水道水をわかした湯より2℃ほど温かく感じられる。

 低温・長時間入浴に最適だ。

「炭酸泉につかると、炭酸ガスが皮膚を通して体内に入り、毛細血管の中にたまる。

 通常、炭酸ガスは、エネルギーやたんぱく合成が行われるとふえる。

 炭酸ガスが静脈に入ると、

<老廃物が組織にふえた>

<組織で多くのエネルギーが使われたから栄養や酸素が必要>というサインが送られる。

 動脈側はそれを受けて、老廃物を放出するために動脈を開き、栄養や酸素を送りだす。

 血管が広がって血流がよくなり、血行の改善が得られる」

 前田教授の解説を要約するとこうなる。

 人工炭酸泉製造装置を導入した銭湯や健康ランドが増えているが、自宅に備えて「健康&美肌」効果をエンジョイしている人もあるらしい。

 ◎半身浴起源

 ところで、この「半身浴」という語、いまはだれでも知っていて、『広辞苑 第六版』にも収録されたが、23年前にできた新語である。

 当時、「冷えとり健康法」を提唱していた進藤義晴医師の、

「冷えをとるにはみぞおちから下をぬるい湯に長時間つけるのがよい」という入浴法(進藤医師は「腰湯」と表現)を、雑誌『壮快』が、1989年3月号(平成元年2月発売)の特集記事で、

「万病に効く半身浴」として紹介した。

 それがこのコトバが活字になった最初だ。

 記事をつくったライターが、不肖それがし。

 若い編集者といっしょに愛知県小牧市の進藤医院へおもむいたその日─。

 先生のお話をうかがったあと、夕方の街へ出て、電車に乗る前にめしを食おうと入ったレストランのテレビで、小渕恵三・内閣官房長官が、

「新しい年号は『平成』です」と、墨書した半紙の額をかざすのを見た。

 小渕さんはすでにこの世の人ではなく、若かった編集者は数年前、同誌の編集長に昇進、いまは「編集統括」のえらいサンになっている。

 往時茫々なれど、おれは相変わらずビンボーヒマアーリ(三文ライターという意味のロシア語)をやっている。

 ああ、ひ(冷)やか! ひやか!(寒い! 寒い! に当たる屋久島語)。


耳鳴り順応療法

◎サウンドジェネレーター

 夜の霜しんしん耳は蝉の声

 遠方に電話の鈴の鳴るごとく 今日も耳鳴る かなしき日かな

 小林一茶59歳の歳末の一句と、石川啄木の処女歌集「一握の砂」中の一首だ。

 一茶はセミ、啄木はベル。

 音は違うが苦痛は同じ。

 夜となく昼となく鳴り続ける、本人以外には聞こえない頭の中のしつこい神経音に苦しみながら耐え続けている人が、何十万人もいる。

 進歩した現代医学もこれにはほとんどお手上げで、耳鳴りは医者泣かせの症状の最たる一つでもあるようだ。

 近年、これに克つ治療法が開発された。

「耳鳴りを意識しないように」トレーニングすれば、耳鳴りは気にならなくなるのではないかという考えを、アメリカの医師が提唱し、TRT(Tinnitus Retraining Therapy=耳鳴り順応療法)という治療法を考案した。

「サウンドジェネレーター(SG)」という耳かけ型補聴器に似た形のものを、1日6~8時間装着する。

 重症の患者でも3カ月後「耳鳴りにだんだん慣れてきた」、6カ月後「普通に生活できるようになった」、1年後「耳鳴りがしていることを忘れる」といった経過の成功例が多いと、新田清一・済生会宇都宮病院耳鼻咽喉科部長が、プレスセミナーで話した。

 なお、

 耳鳴りはなぜ起こるか?

 耳鳴りの診断法と治療法。

 耳鳴りを改善するための日常の注意点。

 ─については、坂田英治・埼玉医科大学名誉教授の『耳鳴りを治す本』(マキノ出版)に詳しい。


女性化乳房

 緒方知三郎先生は、唾液腺ホルモン剤「パロチン」の開発者としても知られた(後年、その効果には否定的論説が多くみられるようになったが)。

 趣味の手品は玄人はだしだった。

 70代で前立腺がんを発病、当時の定番的治療法だった女性ホルモン薬をずっと常用していた。

 先生のあと日本医大老人病研究所所長を継いだ金子仁先生から聞いた話──。

「女性ホルモンを長く使っていると、女性化乳房といって、おっぱいがふくらんでくる。

 洒脱なお人柄だったので、よく冗談をおっしゃった。

 おい、触らせてやろうか、と」

 当時(1960年代)、日本人の前立腺がんはごく少なく、治療法もいまとは格段の差があったはずだが、90歳という長寿を全うされ、80歳からの5年間で、ユニークな項目分類を行った『常用医語事典』(金原出版刊)の執筆・編さんを成し遂げた。

 人の名のついた病気や体の器官などを集めた「第Ⅲ部人名編」は、ページをめくっていてあきない。

「身は医者に 心は神に任すべし 智慧ありて 苦しむ者を 人という」

緒方先生、晩年の一首だ。


道ひとすじ

 きょうは「目の日」。

 一〇(月)一〇(日)を、眉(まゆ)と目に見立てたアイデア。

 1931(昭和6)年に「中央盲人福祉協会」の主唱で始められた。

『道ひとすじ─昭和を生きた盲人たち』(あずさ書房)という本を読んだ。

 明治、大正年間に生まれ、昭和期に活躍した百人の伝記だ。

 日下部久男さんは、27歳のときに視力を失ったが、造船会社の現場監督に就任、視覚に代わる聴覚を最大限に活かし、正確な点検をして人びとを驚かせた。

「目が見えない者はつらくて、目が見える人は幸せかというと、目明きのほうに不幸な人が多い。目が見えるために、先にどんな問題が横たわっているか考えずに、目先に頼って失敗する。目の見えない者は視野という制限がないので広く深くものを見ることができます」と語っている。

 これは別の人の言葉だが、

「慣れない街を歩くとき、晴眼者は周りの景色に頼ってしまうから、二度目にその道を通るとき、夜間や霧の中などで視界の感じが変わると、迷いやすい。視覚障害者は慎重に記憶をもとにして歩くから、かえって迷わないこともある」

 感銘を受けた。


手術と外科医

 9月19日、虎の門病院名誉院長、秋山洋先生が亡くなった。(肺炎。81歳)。

 きょうが初七日です。

 先生は、食道がんの世界的権威。

 胸を開けずに食道がんを手術する安全性の高い方法を確立した。

 1989年、日本人で初めて英国王立外科学会の名誉会員に選ばれた。

 1993年、がん研究と治療にすぐれた成果を上げた医師に贈られる、日本癌治療学会「中山恒明賞」を受賞。

 1999年、ドイツの「フリッツ・エルラー医学研究賞」の第1回受賞者に選ばれた。

 同賞は、1940年、ドイツに救急医療の理念に基づく病院を創設、その考えを世界的に広めたエルラー博士の基金による。

 2003年、「ルドルフ・ニッセン賞」受賞。

 ドイツの高名な医学者の名を冠したこの賞は、2年に1度、世界の外科医から選ばれる。

 授賞理由は「食道がん手術で安全性の高い方法を確立し、手術後生存率を高めるなど成績向上に貢献した」。

 食道がんのみならず、消化器系がん手術の名医として知られる。

 俳優・渡哲也さんの直腸がん手術も先生の執刀による。

 秋山洋著『手術基本手技』(医学書院1975年刊)は、若い外科医のために書かれた、いわば手術の「教則本」である。

 この本の「序」のなかで著者はこう述べている。

「手術手技というものは、各人が自ら修練し全く個人的に身につけてゆかなければならないものである。

 これは、あたかも、器楽の習得にも似ている。

 しかも航空機のパイロットにも似た人命に関する厳しい責任が伴っている。

 従って試行錯誤をすることができないものであり、決して手術の数をこなして習得すべき性質のものではない。」

 これにつづく第1章「手術と手術教育」は、こう書き出されている。

「手術を受ける患者にとって、外科医は、すべてをまかされた立場にある。

 外科医も人間である以上、万能のはずはない。

 しかし、与えられた信頼に対して、最善をつくす以外にない。

 最善とは、正しい診断と手術適応、全身状態の正確な把握、手術手技の高い技術的水準、綿密な術後管理、などが含まれよう。

 そして患者自身及びその家族との緊密な人間関係が大切な要素である。

 とくに適応については、手術自体が、必要不可避であるか否かを十分考えてみる必要がある。

 理想的には、人の体にメスを加えるというような治療法は、いつの日にか消滅しなければならない。

 手術手技そのものについても、わが身が切られると同様に考え、最高の水準でのぞまなければならないことは当然である。」

 そして、「外科医の適正」は、「技術的適性」(器用さ)と「性格的適性」(心のやさしさ)であるとして、車の両輪のごとく二つのいずれかが欠けても、外科医として不適格であると断じている。

「手術適応の決定にあたっては、多くの条件があげられるが、大きく整理してみると次のようなことになる。

 1、手術が不可避であるか

 手術によらなければ、治癒または好転が望めないとき、または、手術が最良の治療手段であると判定されたとき。

 2、手術のriskの問題

 手術に起因して万一のことがあってはならない。施行にあたってriskの問題は重要である。

 3、手術者側の問題

 手術が最良であり、一般的にいって危険度が許容範囲内であっても、手術者側の、その手術に関する知識、技量などが伴わなければならない。

 ─略─

 この問題は、従来、ことさらに言及することが避けられてきたきらいがある。

 この手術は、自分にとって技術的に無理であるから、自分は手術を行わない、と表明することはきわめて勇気のある立派なことである。

 むしろ、自信のある外科医ほどこういうことがいえるようである。」

 ずいぶん古い話になるが、秋山先生に面接取材したさい、ご著書の以上のような文言に感銘を受けたと、私が言ったら、

「いや、あの本には若い外科医に対して、教育的な意味でものをいってるところがあるので、フィロソフィとして外科医に向かってはいいのですけれど、一般の人に同じことを申しあげるのは、外科医として自分だけ"いい子"になるみたいですから──」

 なるべくなら、あの記述にはふれないでほしい、と先生は言われた。

 しかし、秋山先生のような真摯な医師がけして少なくないことを、私は知っているし、先生のこの文章は「一般の人」たちの医師理解の面でも、かならずよい作用をするに違いないと思う。

 インタビューのあいだ、幾度もくり返された、「ていねいに──」「慎重に──」「一人の患者さんでも失ってはならない」といった言葉と照応し、ひびき合う文章であると思うし、またこの本が多くの若い外科医たちに迎えられ、版を重ねていることも、心づよく感じられる。

(雑誌『壮快』1979年10月号「日本名医列島」<10>より)

 以来、30有余年、医学・医療はめざましく進歩した。

 日本で最初の内視鏡による大腸がん手術(渡辺昌彦・北里大教授)が行われたのが、1992年。

 いま、先進的な施設では、大腸がん手術の9割が内視鏡で行われ、胃、肝臓、肺、前立腺などにも普及しつつある。

 手術法は変わり、進歩する。

 だが、しかし、手術の「基本手技」は変わらない。

 手術者のもつべき「心」は変わってはならない。

 青臭いことを言うようだが、そう思う。

「手術は量ではなく質だ──というのが、私のフィロソフィです」

 秋山先生のことばである。

 フィロソフィ(哲学)という語の原義は「知恵を愛する」という意味だという。



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