暮らしのなかの健康法万般。赤ちゃんからお年寄りまでの病気の解説・予防・治療法。食生活、食品、サプリメント情報…など、面白くてタメになる実用エッセイ。

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目耳鼻の病気

耳が遠くなると長生きする?

耳と寿命は無関係

私事だが、私は10年前にほとんど全聾同然の重度難聴になった。

「ミンツン(聾を意味する屋久島方言。ミン=耳)になったよ」といったら、「目でなくてよかったな」といわれたり、「耳が遠くなると長生きするそうだよ」と慰められたりした。

目と耳とどちらがより重要か。これは一概にはいえない。

視力には、感覚・知覚・認知のすべてが反映され、人間は外部情報のほとんどを目から収集しており、その割合は約80%にもなるといわれる。

一方、聴力の欠如は人間関係をいちじるしく希薄にする。

人の肉声(話)を聞くことができないことが、どれほど寂しいものか、なった者でなければわからないだろう。

「目が見えないことは、人と物を切り離す。耳が聴こえないことは、人と人を切り離す」と、カントがいっているそうだ。

なるほど、目、耳、どちらを選ぶ? という問いを突き詰めると、物か? 人か? の二者択一、人それぞれの価値観を問うことに通じることになるようだ。

つまり一概にはいえないってわけ。

─と、書いて、いま、目を閉じて全盲の状態をつくってみて、これが死ぬまでつづくのかと想像したら、怖くなった。

ミンツンのほうがまだしも救いがあるなと思い、わが精神性の低さを自覚したしだい。


    *

さて、本題の「耳が遠くなると長生き」だが、これ、ホントか? ウソか?

まるっきりウソ、ナンセンスな俗説である。

難聴は伝音難聴と感音難聴に大別される。

前者は、外耳から中耳までの音を伝える働きが障害された場合に起こる。

後者は、内耳から大脳までの音を感じる神経系が壊れる。

内耳は、耳の奥にある体の中で最も硬い骨に囲まれている。

そこの蝸牛(かぎゅう)と呼ばれるカタツムリのような形の器官に、有毛細胞という毛の生えた細胞がびっしり並んでいる。

この細胞の壁に収縮たんぱく(プレスチン)という物質があり、音の振動が伝わると、伸び縮みしてその刺激を脳へ伝える。

蝸牛の中にひしめき合うように生えている有毛細胞は、生まれたときから減り始めて、けっして再生しない。

だから年をとるにつれてだんだん耳が遠くなるのは(個人差はあるが)、だれも避けられない。いわゆる老人性難聴である。

昔、「人生50年」といわれた短命時代には、老人性難聴が起こるまで長生きする人はごく少なかった。

結果、長生きした人はみんな耳が遠かった。

その原因と結果が逆立ちして、「耳が遠くなると長生きする」という俗説が生まれ、信じられるようになったわけだ。

いまや「人生80年」どころか「90年」の時代になりかけている。

だれもが避けられぬ加齢性難聴の進行を抑えるにはどうしたらよいか。

小川郁・慶応大教授(耳鼻咽喉科)らは、10年以上前から「イヤー・フード」の実験的研究を続けていて、抗酸化物質が難聴の進行を抑えることを実証した。

抗酸化物質を多く含む食品といえば、バナナ、アボカド、プルーン、アーモンド、キウイフルーツ、リンゴ、ミカン、キャベツ、タマネギ、カボチャ、ニンジン、トマト、ブロッコリー、ニンニク、納豆、豆腐、豆乳、そば、卵の黄身、ワカメ、ココナッツオイル、赤ワイン...きりがない。

 小川先生は、プレスセミナーでこう話していられる。

「治せない難聴は、いかに予防するかが大切で、いま注目の抗加齢医学では、例えば脳を守るための「ブレイン(脳)フード」として、ビタミンEとかウコン、カテキン、青い魚に含まれるDHAなどの効果がわかっています。

耳についてはどうか。我々も10年以上前から「イヤー(耳)フード」の実験的研究を続けていますが、一つはカロリー制限と、もう一つは抗酸化物質が、難聴の進行を抑えることがわかっています。

例えば、Sir2という長寿遺伝子はカロリーを抑えるとスイッチがオンになります。

抗酸化物質では赤ワインのポリフェノールがSir2遺伝子を活性化するという論文が二〇〇三年に発表されて、赤ワインブームが起こりました。

が、赤ワインをどれくらい飲めばSir2遺伝子をオンできるかといえば、1日5本ということで、それじゃ寿命が伸びる前に肝硬変で死んでしまう(笑)。

そこで赤ワインの、そのレスベラトロールという物質をサプリメントにすればいいだろうと、いまそれの開発が進んでいるようです」。

レスベラトロールとそのサプリメントについては、このブログの「長寿サプリ」にすこし詳しく記した。ご参照ください。


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失聴記(2)

 老にして聾、聾なれど朗。


 夕暮れにはまだいくらか間がある。淡い青色が空いっぱいにひろがっている。

 週日のこの時間、荒川左岸の堤防上につくられた、自転車と歩行者専用の「健康の道」にはほとんど人影がない。

 河口のほうへぶらぶら歩いていくと、外灯の台座にジャンパー姿の小柄な男性が腰かけていた。

 六十がらみの人のよさそうな顔に笑みを浮かべて立ち上がり、口を開いた。

 こちらはあわてて頭を下げる。

「あ、ごめんなさい。わたし、耳がダメなんです。よかったら書いてもらえますか」

 メモ帳とボールペンを差し出すと、ちょっと困惑した感じながら受けとり、ゆっくりと文字を記してよこした。

『向こうに見えるのは 富士山ですか』

 横罫のページに縦に書いた2行がすこし曲がって傾いている。

「はい、そうです」

 西の方角のはるかに遠い空と海とが接するところに、逆扇形の山容がくっきり見える。

「秋のいまごろからと冬の晴れた日には、とくによく見えるようになるんです。空気が澄むからでしょうね」

 なにかつぶやいてうなずく相手へ、会釈を返し、背を向けて、ぶらぶら歩きをつづけながら、思った。

 ここから富士山が見えるのが意外だったのかな? 

 どこから来たんだろう。最近、近くに越してきたんだろうか。

 ずいぶん久しぶりに妻以外の人と言葉を交わすことができて、うれしかった。

   *

 両耳の聴力を失ってもう9年になる。

 正確にいえば、23年前にまず右耳がダメになった。

 肝臓を3分の1切除する手術の、全身麻酔からさめたとたん、脳が破裂しそうな激痛に襲われた。

 そのとき同時に聴覚伝導路のどこかがこわれたのだろうか。

 退院して数日たったころ、右耳の聴こえがおかしいことに気づいた。手術を受けた病院の耳鼻科で診てもらい、「重度感音難聴」といわれた。60歳だった。

 それからの14年間は左耳だけで暮らしてきた。

 日常、多少の不便は感じても、別段悩んだりするようなことはなかった。

「昼寝のときの耳栓が1個ですむからトクだ」などバカな軽口を叩いたりして......。

 ところが9年前、その左耳もこわれてしまった。

 5月半ばの朝、目が覚めたら左耳がボァーンと詰まっていた。

 飛行機に乗ったときに生じる耳閉感に似ている。

 家の近くの耳鼻咽喉科医院に駆け込み、耳管に空気を送る通気治療をやってもらったが効果なし。

「大きい病院へ─」と医師。

 翌日、妻に付き添われて、都心の専門病院を受診したときは、もうほとんど何も聴こえなくなっていた。

 医師が質問を机上の紙に記し、こちらは口で答える問診、聴力検査、頭部X線検査その他の結果、「急性感音難聴」と診断された。

「突発性難聴とはどう違うのですか」と聞いたら「ほぼ同じ」、

「原因はなんでしょう」には、首をひねり「? ? ?」、疑問符が三つ、横並びに記された。

 早速その日から始まった高気圧酸素療法、副腎皮質ステロイド、血液循環改善薬、血管拡張薬、代謝賦活薬など併用の、2ヵ月余にわたる総攻撃的な治療もむなしく、ほぼ全聾にひとしい両耳の失聴が完成した。

   *

 病院で紹介された補聴器専門店を訪ねて、「認定補聴器技能者」が選んでくれた三つばかりの機種を試し聴きして、機能(重度難聴用)と懐具合の折り合った「ポケット型補聴器」(5万3千円)を購入した。

 そして補聴器生活が始まって、まずなによりもうれしかったのは、自分の声が聴こえるようになったことだ。

 人が口から言葉を発するときは、自分の耳でもその言葉を聴いている。

 自分の口から出た言葉が自分には聴こえないというのは、なんだか妙な感じでへんにくたびれる。一言二言ならともかく、長話などとてもできない。

 補聴器をつけたら、口から出た言葉がそのまま耳から入ってきて、気もちが落ち着き、普通にらくに話せるようになった。

 人の声も、イヤホンとつながったコードを伸ばし、補聴器の本体を相手の口元へ近づけるとちゃんと聴こえる。が、声が聴こえることと、言葉を正しく聞き分けられることは、全然同じではない。

 大きめの声で、ゆっくり話してもらうとすっとわかるときもあるが、そうでないときのほうがずっと多い。最近の一例―。

 プロ野球日本シリーズ実況放送のテレビに映ったダッグアウトを見て、妻がいった。

「工藤は1週間、風呂に入ってない」

「へぇ、げんかつぎってやつか。シャワーは使ってるのかな」

「えっ!?」

「1週間、風呂に入ってないんだろう?」

 妻はげらげら笑いながら、正解を記した手持ちボードを見せる。

「工藤は自信たっぷりの顔」

 勝利を確信した監督の表情についての感想が、なぜ「1週間、風呂に入ってない」になるのか。これはもう笑うしかない。

 9年も経って、毎日、同じ家で暮らしている相手の言葉でさえこうなのである。

 まして、よその人の言うことなど――である。だから私の補聴器は人の話を聞くのにはほとんど無力、もっぱら自分の声を聴くためのものといったほうがよい。

 人の話が聞けないと、人と会ってもあまり楽しくない。ときには苦痛でさえある。すっかり出不精になった。

 年に1度、「長寿健診」を受けるさいに提出する「生活機能に関する基本チェックリスト」の、

「バスや電車で1人で外出していますか」「友人の家を訪ねていますか」

「家族や友達の相談にのっていますか」

「週に1回以上外出していますか」

「自分で電話番号を調べて電話をかけていますか」といった項目の「いいえ」にレ印を入れるのにも(最初は抵抗感があったが)慣れた。

 ことしはついに、「(ここ2週間)自分が役に立つ人間だとは思えない」の「はい」をチェックした。

「ここ2週間どころじゃないよ、年中だよ」とつぶやきながら――。

「目が見えないことは、人と物を切り離す。耳が聴こえないことは、人と人を切り離す」とカントがいっているそうだが、自分の実情もそれにとても近いと思う。

 人と話をしないことが長く続くと、やがて声がかすれてついには出なくなる。

 声帯も筋肉だから使わないと萎縮するのだという。

 その「声帯萎縮」を防ぐべく、私が日常つとめて励行していることは、歌を歌う、文を朗読する、の二つである。

 歌えば気も晴れる、読めば頭もしゃきっとする。

 これ、うつや認知症の予防にも役立っているのではないだろうか。同居人(と、台所のぬかみそ)にはだいぶ迷惑をかけているようだが...。

   * 

 お年玉はがきの売り出しが始まって数日後の晴れた日の昼過ぎだった。

 団地のなかにある郵便局へ行こうと、コンクリート長屋の4階から1階へ降りて外へ出たら、路上にぽつんと一つ、幼い女の子の姿があった。

 いたいけな小さな歩みがなんともかわいく、後ろからずっと見ていたくて、追い越しそうになった足をゆるめようとしたとき、その幼稚な歩行がぴたっと止まった。

 と、次の瞬間、わっと泣きだした。

 おどろいて駆け寄り、ひざを折って声をかけた。

「どうしたの?」

「まいごになっちゃった」

 口元へ向けた補聴器を通して高く澄んだ声が耳を打った。おおっ、いいぞ!

「だいじょうぶだよ、おじいちゃんと一緒にさがそうね。お名前は?」

「みやした ひろみ」

「いくつ?」

「四さい」小っちゃい手の親指を内側に折って見せた。

 ああ、ありがたい! よく聞こえる。

 さあ、正念場だ。祈るような思いを込めて言葉をつなぐ。

「ひろみちゃんね、おじいさん、耳がきこえないんだ。大きな声でお話ししてくれる。おうちはどこ?」

「わかんない」

「そうか、おうちはずうっと遠くなんだね」「うん」

「きょうはどこに来たの?」

「ようちえん、ママときたの」

「あ、わかった! もうだいじょうぶだよ。連れてってあげる。おいで」

 立って、手を差し伸べると、ぎゅっとつかまってきた。

 団地の一角にある幼稚園は、荒川の堤防の内側に沿う道路に面している。

 幼児の足に合わせてゆっくりいま来た道を引き返す。かわいい手から伝わってくる小さな握力をしみじみうれしく感じながら......。

 二つの住居棟(当家もその一棟の一室)のわきを抜けて、小学校の校庭と団地の間の細長い路を行くと、幼稚園の裏門に突き当たる。

 何かの催しでもあったのか、園庭で子どもたちが遊び、若い母親たちが少人数の輪をいくつかつくって、立ち話をしている。

 その場景が間近に見えたとたん、右手のなかからすっと小さな手が離れた。

 ママのもとへ駆け寄る後ろ姿を見届けて、ほっとし、きびすを返した。

 歩く足が軽い。郵便局は明日にしよう。

 思いがけぬ贈り物をもらった幸福感をこのまま胸に抱いて家に持ち帰ろう。

 妻と話したい。

 ローエンドロー ローエンドロー

 聾後のマイテーマソングをひとりでに口ずさんでいた。

 老&聾 聾&朗......。


意外! 問題! 緑内障!

 6月7日の「緑内障を考える日」を前に、日本アルコン株式会社が実施した意識調査で意外な(+憂慮すべき)実態が明らかになった。

 調査は、全国の40歳以上の男女360人を対象に、「一般層」「緑内障の疑いがある層」「緑内障患者層」の三つのグループに対しておこなわれた。

 緑内障は、現在、日本の中途失明原因の第1位、40歳以上の20人に1人の割合で発症している。

 ところが、一般層の約8割(79.2%)は、その事実を知らなかった。

 それどころか、そもそも「緑内障」という病気について、「まったく知らなかった」と「名前のみ知っていた」を合わせると、約4割(39.2%)にも達した。

 健康情報に最も深い関心をもっているはずの世代にして、この数字。ちょっと(どころか、大いに)意外であり、問題だと思う。

 そうした状況の反映なのだろう。

 現在、治療中の緑内障の患者のうち、自覚症状に気づき、自分から眼科を受診した人はわずか2割弱(18.3%)にすぎない。

 ほかの人たちが、緑内障と診断された主なきっかけは、「定期健診」が50.8%で、別の「眼の病気で通院、指摘された」が17.5%である。

 このことは、緑内障が自分では気づきにくい病気であることと、健診の有用性を強く示唆している。

 緑内障の専門医、桑山泰明・福島アイクリニック院長の解説。

「緑内障は、視神経が傷み、視野が狭くなっていく病気です。

 視神経はおよそ100万本の細い神経線維でできていて、その数が減るにつれて見えない部分が広がっていきます。

 初期は自覚症状に乏しく、なかなか気づかないことが多いため、受診が遅れ、症状が進んでしまうことがよくあります。

 実際、緑内障患者さんのうち、治療を受けている人は1割程度といわれ、残りの9割の人は未発見のまま放置されている潜在患者さんです。

 緑内障には、眼圧が高い緑内障も、眼圧は高くない緑内障もあります。

 日本人の緑内障の約75%は「正常眼圧緑内障」とよばれる、眼圧は正常範囲内の緑内障で、視神経に原因があると考えられています。

 したがって、眼圧だけで緑内障の判断はできません。

 緑内障の診断には、眼底検査で視神経の状態を直接確認し、確定のために視野検査(鮮明に見える範囲)を行います。

 緑内障の初期段階では、鮮明に見えない範囲は狭い(視野は広い)ので、日常生活での支障はほとんどありません。

 その初期段階から治療を開始し、継続すれば、病気の進行を抑えることができます。

 ですから早期発見・治療がとても大切なのです。

 40歳以降は定期的に眼の検査を受け、緑内障と診断されたら、毎日欠かさぬ点眼治療を続けてください。

 それがあなたを失明から守る唯一絶対の方法です」


補聴器 耳かき事故 耳垢症

 ちょっと遅ればせですが、耳の日の日にちなんで━━。

 補聴器を!

 年をとると、だれでも(個人差はあるが)耳が遠くなる。

 人の話が聞き取りにくかったり、「テレビの音が大きい!」と言われたり......。

 聴こえに不便を感じたら耳鼻咽喉科を受診しよう。

 聴力が低下していると診断されたら、補聴器の装用を━━。

 せっかくの補聴器が、耳に合わなかったり、上手に使いこなせないことも多い。


花粉症抄録

 風邪と花粉症

 ことしもまた花粉に泣かされる季節がやってきた。

 今シーズンに飛散するスギとヒノキの花粉予測は、飛散が少なかった昨春と比べると2倍程度にふえるが、過去10年間では例年並みの見込みだそう。

 折柄、インフル・風邪も流行中。


白内障手術記(2)

「そのような厄介きわまる患者の眼への手術がどのように行われたか。結果はどうだったか。感謝感激の報告は、9月に─。」と、前回拙稿の末尾に記したのは、8月26日だった。

 で、きょうは10月28日。

 われながらあまりのことに呆れはてている。

 なぜこういうことになるのか。最大の理由は「締め切り」がないからだ。


白内障手術記

 白内障の手術を受けた。

「白内障手術は人びとを幸せにした点で20世紀最大の医療技術の一つである」といわれる。

 そのことばの真実を、いま、つくづく実感している。

 受診した病院は、西葛西・井上眼科病院。術者は、井上順治先生。


失聴記(1)

「今夜はだれと会えるかな?」

 寝床の中の眠りかけにふとそう思うことがある。この世ではもう会えない祖父母、両親、恩師、久しくご無沙汰の先輩、友人、懐かしい人たちとの思いがけぬ再会...。夢のなかには貧乏な引っ込み思案の年寄りとは別人の快活な自分がいて、談笑したり、突拍子もないふるまいをしでかしたり、そして、ちゃんと聴こえている。


耳鳴り順応療法

◎サウンドジェネレーター

 夜の霜しんしん耳は蝉の声

 遠方に電話の鈴の鳴るごとく 今日も耳鳴る かなしき日かな

 小林一茶59歳の歳末の一句と、石川啄木の処女歌集「一握の砂」中の一首だ。

 一茶はセミ、啄木はベル。

 音は違うが苦痛は同じ。

 夜となく昼となく鳴り続ける、本人以外には聞こえない頭の中のしつこい神経音に苦しみながら耐え続けている人が、何十万人もいる。

 進歩した現代医学もこれにはほとんどお手上げで、耳鳴りは医者泣かせの症状の最たる一つでもあるようだ。

 近年、これに克つ治療法が開発された。

「耳鳴りを意識しないように」トレーニングすれば、耳鳴りは気にならなくなるのではないかという考えを、アメリカの医師が提唱し、TRT(Tinnitus Retraining Therapy=耳鳴り順応療法)という治療法を考案した。

「サウンドジェネレーター(SG)」という耳かけ型補聴器に似た形のものを、1日6~8時間装着する。

 重症の患者でも3カ月後「耳鳴りにだんだん慣れてきた」、6カ月後「普通に生活できるようになった」、1年後「耳鳴りがしていることを忘れる」といった経過の成功例が多いと、新田清一・済生会宇都宮病院耳鼻咽喉科部長が、プレスセミナーで話した。

 なお、

 耳鳴りはなぜ起こるか?

 耳鳴りの診断法と治療法。

 耳鳴りを改善するための日常の注意点。

 ─については、坂田英治・埼玉医科大学名誉教授の『耳鳴りを治す本』(マキノ出版)に詳しい。


病的な耳鳴り

 病的な耳鳴りの原因はさまざまあるが、大まかにいって、85~90%は内耳性のもので、例えばメニエル病、突発性難聴、中耳炎の影響が内耳に及んだもの、聴神経腫瘍などだ。

 あとの10~15%は高血圧や脳腫瘍などで、これらは頭鳴(ずめい)といい、専門医は耳鳴りとは区別する。

 純然たる耳鳴りの中で生命にかかわるものは、中耳炎から内耳炎になったものや聴神経腫瘍ぐらいで、そう多くはない。

 とはいえ、非常な苦痛に悩まされる人が多く、高度難聴の治療中に「もう聴こえなくてもいいです。耳鳴りだけなんとかしてください」と訴える人さえあるという。

 そうした耳鳴りにすぐれた成績を上げているのが、坂田英治・埼玉医大名誉教授が開発した、内耳にステロイド剤を注入する治療法だ。

 耳の穴から鼓膜に針を刺し、薬を入れると、中耳からしみ込んで内耳に達し、耳鳴りが鎮まる。

 鼓膜は、中耳炎の手術で切開しても自然に張りついてしまうほど再生力がある。注射針を刺すことに何ら心配はご無用だそうだ。



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