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がん

初の「アジア版大腸癌GL」

プロ野球記録の2215試合連続出場。

「鉄人」と呼ばれ、国民栄誉賞も受賞した衣笠祥雄氏(71歳)が、4月23日に亡くなった。

死因は「上行結腸がん」と報じられた。

「あ、やはり<右>だったか」と思った。

つい先日、下のようなニュースメールを読んだばかりだったからだ。

初の「アジア版大腸癌GL」で注目される"左右差

2017年11月、欧州臨床腫瘍学会アジア大会において、初の「アジア版大腸癌治療ガイドライン」が公表された。

3月22日に開かれたメディアセミナーでは、同ガイドライン(GL)策定の中心メンバーである国立がん研究センター東病院消化管内科長の吉野孝之氏、および愛知県がんセンター中央病院薬物療法部部長の室圭氏が、大腸がんの"左右差"に関する最新トピックスや、同GLが日本の実臨床に与える影響などについて解説した。

大腸がんで参考にされている三つのGLの特徴は?

吉野氏は初めに、アジア版大腸癌治療GL作成の経緯と概要について報告した。

同氏によると、大腸がん治療で参考とされているGLには、

① 大腸癌研究会(日本)が作成する「大腸癌治療GL」

② 米国25施設のがんセンターを中心に策定した全米総合がん情報ネットワーク(NCCN)のGL

③ ESMO(欧州癌治療学会議)のGL―がある。

①は大腸がん治療全般について網羅的に記載されているが、改訂の頻度は数年間隔であり、薬物療法については日本で保険適用された薬剤を中心に記載している。

一方、②は年に複数回改訂されており、同GLで推奨した新薬の多くは米食品医薬局(FDA)が承認している。

③については、改訂の頻度は2~3年間隔であるが、エキスパートのコンセンサス会議を経て最新のエビデンスに基づいた内容を記載しており、①~③の中では「最もコンセンサスに踏み込んでおり、至適療法を提示する内容になっている」(吉野氏)。

① の日本の大腸癌診療GLは、どちらかというと②に近く、③ほど踏み込んだ内容になっていないのが特徴だという。

"原発部位による違い"を盛り込んだ初のアジア版GL策定へ

ESMO(欧州癌治療学会議)のGLについては、2016年に改訂版が刊行されている。

しかし、同GL作成時にエビデンスとして用いられたデータは、93%が欧米人患者を対象としたものである。

さらに、2016年版GL公表後、「大腸がんの左右差」と予後および治療効果との関連性が指摘されるようになった。

そのため、吉野氏らは転移性大腸がんの管理に関して、世界初となるアジア版大腸癌GLを策定することを2016年12月に決断。

同GL作成に当たっては、アジア各国(中国、韓国、マレーシア、シンガポール、台湾)の臨床腫瘍学会協力の下に、日本臨床腫瘍学会とESMOが主導した。

一般的にこうしたGLの策定には数年を要するが、同GLの作成は急ピッチで行われ、昨年11月に公表された。

同GLでは参考文献のうち、アジア人が著者のものが65.5%を占めている。

また、欧米人とアジア人で薬剤の治療効果には大差はないものの、有害事象の発現頻度には注意が必要なことから、アジア人で発現頻度が高い薬剤に関しては適正使用に関する記載を追加している。

さらに日本(アジア)で使用経験が多い薬剤についての記載も追加。

最新のトピックスである大腸がんの左右差(原発巣の部位による違い)を踏まえて、アジア人患者に適した治療アルゴリズムを提示しているという。


アジア版大腸癌GLを日本の臨床にどのように生かすか

次に室氏は、「アジア版大腸癌GLを日本の臨床にどのように生かすか」について解説した。

大腸癌研究会のGLは2016年版が最新版だが、同氏は同GL作成委員会の化学療法領域責任者でもある。

大腸がんの占拠部位別の罹患率は、右側が約30%、左側が約70%である。

区分別に罹患率を見ると、右側は盲腸(7%)、上行結腸(14%)、横行結腸(9%)、左側は下行結腸(5%)、S状結腸(26%)、直腸(39%)となっている。

また、大腸がんの右側と左側で臨床的な特徴に違いがあることは以前から知られている。

肛門から遠い右側では腸の内容物がまだ液状であるため、症状が出にくい。

そのため、右側で発症した大腸がんは比較的大きな腫瘍が多く、ステージも進行している例が多い。

一方、左側で発症した大腸がんは肛門に近いため、出血などの症状が確認しやすく、より早期に発見されることも多いため、比較的ステージが進行していない例が多い。

罹患率としては右側が増加傾向にあり、女性、高齢者で多いという特徴もあるという。

さらに、右側では大腸がんの悪性度が左側に比べて悪いことも知られている。

遺伝子的背景として、右側では代表的な予後不良因子とされるや遺伝子変異が多い。

加えて、大腸がんの右側と左側では遺伝子変異の分布が異なることから、薬剤の感受性に関わる因子が大きく異なることも明らかになってきた。

2016年以降、予後・薬剤効果の左右差に関する報告が相次ぐ

こうした大腸がんの左右における予後および薬剤の感受性の違いは、近年相次いで報告されている。

2016年の米国臨床腫瘍学会では、切除不能大腸がんの一次治療におけるFOLFOX/FOLFIRI療法に対する抗上皮成長因子受容体(EGFR)抗体セツキシマブまたは抗血管内皮細胞増殖因子(VEGF)抗体ベバシズマブの併用療法の安全性と有効性を比較した第Ⅲ相試験の探索的解析の結果が発表。

全体として原発病巣が左側の場合は右側に比べて治療成績が良く、かつ抗EGFR抗体の治療効果が高いことなどが示された。

さらに昨年の欧州臨床腫瘍学会(ESMO 2017)では、切除不能・進行再発大腸がんに対する化学療法+ベバシズマブと化学療法+抗EGFR抗体の有効性を比較検討した6試験を用いて、原発巣の位置別に治療効果を後ろ向きに解析した統合解析の結果が示された。

この結果からも、大腸がんでは左側と右側で予後、薬剤の効果が違うことが示された。

そのため、大腸がんの左右差に関して一定のコンセンサスが得られるようになったという。


国内の大腸癌治療GLにも"左右差"を盛り込む予定

これらの背景を踏まえて、アジア版大腸癌GLではRAS遺伝子野生型であれば、左側では「2剤併用化学療法+抗EGFR抗体薬」、右側では「3剤/2剤併用化学療法+ベバシズマブ」を推奨した。

このアジア版大腸癌GLを受けて、愛知県がんセンター中央病院では現在、ステージⅣ期(切除不能)大腸がんの一次治療の治療方針として、全身状態・年齢・合併症・本人(家族)の希望に加え、RAS遺伝子の状況および原発巣の位置(右側か左側か)を総合的に勘案して治療を決定しているという。

ただし、こうした原発巣の部位を考慮した治療選択については、国内の大腸癌治療GLにはまだ記載されていないこともあり、国内の臨床医では"支持しない"との見解も存在する。

「右側原発の患者であっても抗EGFR抗体に著効した経験があるので、一概に原発巣の位置で治療を決めることはできない」といった意見もある。

そこで大腸癌研究会は、今年7月に開催される第89回同研究会で大腸がんの左右差による治療選択を盛り込んだGLの改訂案を提示し、来年1月には改訂版を刊行する予定という。

今後は各がん種でアジア版GLを作成予定

大腸がんの一次治療に関する展望として、室氏は「近い将来、遺伝子変異検査が導入される」と指摘した。

大腸がんでは患者の約 10%で変異が認められ 、同変異例では治療成績が不良かつ抗EGFR抗体薬の治療効果が期待し難いことなどが明らかになってきているためだ。

また、同氏は「間もなく一部の大腸がんには免疫チェックポイント阻害薬が臨床応用される。血液を用いた遺伝子検査の実現も近い」と展望した。

最後に、同氏は「大腸がんに端を発したアジア版GLの策定については、他のがん種にも広げていこうという動きが急速に進展している」と報告。

今年11月には、進行胃・食道がんGLのアジア版(責任者は同氏)を刊行する予定であることに加え、進行非小細胞肺がんのアジア版GLについても年内の刊行を予定している。

さらに来年には、進行膵がん、肝臓がん、胆道がんのアジア版GLを刊行。

その後、前立腺がん、リンパ腫、神経内分泌腫瘍、乳がんについても順次刊行していく予定という。

(髙田あや) Medical Tribune 2018/04/20 配信


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ピロリ菌が「胃がんの常識」を変えた


日本人には胃がんが多い。

最新がん統計(2015年4月)によると、

男性では死亡数は肺がんに次ぐ2位。罹患数は1位。

女性では死亡数は大腸がん、肺がんに次ぐ3位。罹患数は乳がん、大腸がんに次ぐ3位。


だが、これは比較的近年のこと。

男性の胃がん死亡数が肺がんに抜かれたのが1993年で、女性のそれが大腸がんに抜かれたのは2002年。

それまでは男女ともに死亡数も罹患数もずっと胃がんが1位だった。

なぜ、日本人にはそんなに胃がんが多い(多かった)のか?


まず戦後間もなくのころは「熱い食べ物」が危ないといわれた。

当時、日本でいちばん胃がんの死亡率が高かった奈良県に着目した高名な医学者が、原因は奈良県民が愛好する熱い茶がゆではないかと指摘し、茶がゆの廃止が呼びかけられた。

だが、この茶がゆ犯人説はその後の研究でほぼ完全に否定された。

茶がゆを愛好する地方は、奈良県以外にも和歌山県、三重県、山口県、佐渡などあちこちにあり、奈良県ほど胃がん死亡率が高くないなど、矛盾する事実がいろいろ出てきたからだ。


そのあと、「胃潰瘍前がん説」と「塩分過剰摂取説」が提唱され、近年まで最も有力な説として認められてきた。

たしかに胃潰瘍から始まる胃がんが多いことや、塩分の取りすぎが胃がんの悪化に関係していることは事実だが、それが胃がんの原因ではないことがいまは明らかになっている。


1983年、オーストラリアの研究者らが発見した、ヘリコバクター・ピロリ(通称ピロリ菌)の研究が進み、胃がんの原因が特定されたからである。

以下、ピロリ菌に関する現代医学の定説を要約してみる。

ピロリ菌に感染すると、ほぼ100%の人に「ヘリコバクター・ピロリ胃炎」という慢性胃炎の一種が生じ、胃潰瘍や十二指腸潰瘍のもとになる。

慢性胃炎が長く続いて萎縮性胃炎に変わると、その一部から胃がんが発生してくる。

ピロリ菌に感染している人が必ずしもみな胃がんになるわけではないが、遺伝性のスキルス胃がんなどを除き、ほとんどすべての胃がんの人はピロリ菌に感染しているという。

国立国際医療センターの研究チームは、ピロリ菌に感染した1246人と、感染していない280人を、8年間追跡調査した。

結果、感染者では約3%に胃がんが発生したが、非感染者ではゼロだった。

WHO(世界保健機関)は、「ピロリ菌は煙草なみの発がん物質」といい、

ピロリ菌が胃がんを引き起こすメカニズムを解明した畠山昌則・東京大教授(病因・病理学)は、「胃がんの99%はピロリ菌感染が原因です」と明言している。


日本ヘリコバクター学会は、胃がん予防のため、胃の粘膜にピロリ菌がいる人は全員、薬で除菌することを勧めている。

学会の提言を受けて、まず2000年に胃潰瘍・十二指腸潰瘍の患者のピロリ菌の除菌治療が公的医療保険の適用となり、2010年には、

①ピロリ菌が原因の胃MALTリンパ腫、

②特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、

③内視鏡治療でがんを取り去った早期胃がんの再発防止、

─と対象が広がり、2013年からは慢性胃炎の人のピロリ菌除菌も保険でできるようになった。

ヘリコバクター・ピロリ胃炎であるかどうかを医療機関でチェックし、陽性とわかったら除菌を行うことをお勧めしたい。

無症状の若い人たちでは、胃がん、胃潰瘍・十二指腸潰瘍などを完全に抑えることができる。

中高年ではすでに前がん状態に進んでいる場合もあり、除菌後も定期的にフォローする必要がある。

「除菌後も必ず胃がん検診を受け続けます」と一筆とってから、治療を始める専門医もいる。


なお、食塩は胃粘膜のバリアーを侵し、ピロリ菌の毒素がしみ込みやすくなる。胃がん予防には、塩分の取りすぎにも注意したい。



がんのリスク ウォーキングで低下

ウォーキングなどの運動を習慣として続けると、身体能力が向上する。

男性が40~50歳に運動をはじめると体力が向上し、20~30年後にがんを発症するリスクが低下する。米バーモント大学が1万3000人以上の男性を対象に行った研究で明らかになった。


体力レベル高い=がん発症リスク低い

ウォーキングなどの運動を続け体力が高まると心筋梗塞や脳卒中を発症するリスクが低くなることが、さまざまな研究で確かめられているが、運動はがん予防の効果も高める。

バーモント大学の研究には、46~50歳(研究開始当時)の1万3949人の男性が参加した。

研究チームは1971~2009年に、参加者に体力測定テストを受けてもらった。

トレッドミル(室内ランニグマシーン)で疲れるまで走ってもらい、心肺能力を測定し体力レベルを測った。

その後、がん検診を毎年受けてもらい、運動習慣や体力との関連を調べた。

1999~2009年に200人が肺がんと診断され、181人が大腸がんと診断された。

体力テストを実施した結果、体力レベルが上位40%の男性は、下位20%の男性に比べ、肺がんの発症リスクが55%低下し、大腸がんの発症リスクが44%低下することが明らかになった。

また、肺がんや大腸がんなどの診断を受けた男性でも、体力レベルが高いと、がんで死亡するリスクが32%低いことも明らかになった。

時速8kmの速度でウォーキングを続けていると、体力レベルは向上するという。

ウォーキングにランニング、水泳などを加えると、さらに効果的だ。


40歳過ぎたら運動を!

今回の研究では、40歳を過ぎたら運動を習慣として続け、体力レベルを向上させることが、20年後、30年後の健康に影響することが示唆された。

女性を対象とした過去の研究でも、運動を続けることで、乳がんや子宮がんの発症リスクが低下することが示されている。

がんを発症する原因のひとつとして、体内で増える活性酸素によって遺伝子が傷つけられることが考えられている。

運動を習慣として続けることで、その活性酸素から体を守る働きが高まることが知られている。

また、運動をすることで、血糖を下げるインスリンの効きが悪くなる「インスリン抵抗性」が改善することも、がんの予防につながる。

さらに、運動によって肥満が解消されると、体の炎症が抑えられ、がん細胞の発生や増殖を抑える免疫機能が高まると考えられている。

「がんを予防するために、体力を大きく向上させる必要はありませんが、運動は続けなければ効果を得られません。

ウォーキングなどの適度な運動を週に合計150分間以上(30分間の運動を週に5日以上)続けるべきです」と、研究チームのラコスキー氏は述べている。

(糖尿病ネットワーク┃メールマガジン●2015年11月号No.1)


U字形死亡率

 血液中のコレステロールは少ないほどよいというのは、大誤解だ。

 コレステロールが体に不足すると、肺炎や結核などの感染症にかかりやすくなるし、血管の壁が弱くなって破れる脳出血を起こしやすくもなる。

 8000人の男性を9年間、追跡調査したアメリカの研究で、心臓病はコレステロール値が高いほど多く、がんはコレステロール値が低いほど多いことが明らかにされている。

 脳卒中の発症が最も低くなるのは、総コレステロール値240~260ミリグラム(血液1デシリットル中)であることもわかった。

 同じような結果は、内外の他の研究でも確かめられている。

 それをグラフにすると、多すぎるほうと少なすぎるほうの両端に死亡率が高く、中くらいの人は低い、U字形になる。

 なぜ、体にコレステロールが少なくなると、がんになりやすいのか。

 コレステロールが少ないと、がんを予防するのに役立ついくつかの栄養素も不足することになるからではないか、細胞が老化しやすく、がん化しやすくなるのではないか─といわれている。


ハゲと胃がん

 「ハゲに胃がんなし」という俗言がある。

 これがあながち迷信ではないことを、30年以上も昔、統計学的に証明した医師がいる。

 久留米大学医学部外科の若い医局員だった柿添健二医師だ。

 胃がん手術の名医だった脇坂順一教授に、

「ハゲと胃がんの関連を調べてごらん」と言われ、

 実に10年がかりで胃がん患者1001人(男性663人、女性338人)と、一般人(軽い病気の通院者=男性約7000人、女性約5000人)のハゲ率を調べあげた。

 結果、胃がん患者には明らかにハゲが少ないことがわかった。

 例えば40代の男性では一般人のハゲ率は8.6%だが、がん患者では0%。50代男性のそれは前者が14.3%、後者が2.3%だった。

 50男が100人集まれば、14人はハゲだが、同年代の胃がん患者だと2人しかいない計算になる。

 「ハゲに胃がん、ごく少なし」というわけだ。

 とはいえ、ヨロこんでばかりもいられない。

 「ハゲに脳卒中あり」「ハゲに前立腺がんあり」という俗説にも、かなり信ぴょう性があるらしい。


女性化乳房

 緒方知三郎先生は、唾液腺ホルモン剤「パロチン」の開発者としても知られた(後年、その効果には否定的論説が多くみられるようになったが)。

 趣味の手品は玄人はだしだった。

 70代で前立腺がんを発病、当時の定番的治療法だった女性ホルモン薬をずっと常用していた。

 先生のあと日本医大老人病研究所所長を継いだ金子仁先生から聞いた話──。

「女性ホルモンを長く使っていると、女性化乳房といって、おっぱいがふくらんでくる。

 洒脱なお人柄だったので、よく冗談をおっしゃった。

 おい、触らせてやろうか、と」

 当時(1960年代)、日本人の前立腺がんはごく少なく、治療法もいまとは格段の差があったはずだが、90歳という長寿を全うされ、80歳からの5年間で、ユニークな項目分類を行った『常用医語事典』(金原出版刊)の執筆・編さんを成し遂げた。

 人の名のついた病気や体の器官などを集めた「第Ⅲ部人名編」は、ページをめくっていてあきない。

「身は医者に 心は神に任すべし 智慧ありて 苦しむ者を 人という」

緒方先生、晩年の一首だ。


おれのがん余談

 しかし、まあ、なんとよく病気をするものだ。

 肝嚢胞、前立腺がん、失聴、尿管がん。

 おれは、学歴は貧しいけど、病歴は輝かしく豊かなのである。

 肝臓高校、前立腺大学、難聴専門学校、尿管大学院──卒業したのは高校だけで、ほかはたぶんずっと留年したままで終わりそうだが。

 それらの病気によっておれは多くのことを学び、矯めされ、鍛えられた。

 おれが病気を治すのではない、病気がおれを直してくれるのである。

 おかげで、ずいぶんいい加減な人間がいくらかまともになれたようにも思える。

 人間、なにが幸いするかわからない。

 がんも、失聴も、自分にはぜひ必要なもので、天の恵みであった。

 これからも、がんを楽しみ、ツン〇を笑い、もう少し生きてみよう。

 おれはいま、そんなふうに思っている。

 それにしても、おれがかかるのは、前立腺肥大症、前立腺がん、尿管がん......なぜかほとんど下のほうの病気ではないか。

 肺結核、狭心症、うつ病......といった、上のほうの上品で優雅な感じの病気に比べると、下等というか下品というか、優雅さに欠ける感じである。

 いかにもおれに似合っているなぁと思う。

 病気も人を選ぶのだろうか?

 ──などと、ざれごとを記したあとに続けるのはどうかと思うが、あの湯川秀樹博士も前立腺がんだった。

 博士は1975年の夏に前立腺がんを発症、81年秋、亡くなられた。

 がん発覚直後に2度、手術を受けた。

 日夜、すさまじい痛みに襲われ、スミ夫人と手をとり合い、「死のうか」と言ったと、何かで読んだ記憶がある。

 湯川博士は仰ぎ見る高峰、こちらは麓の道ばたの石ころだが、同じがんの患者としては石ころのほうがずっと幸福だった。

 現代医学の進歩と医療の普及のおかげである。

 おれはいま、この10有余年を振り返り、自分がいただいた恩恵を噛みしめている。


おれのがん

「これ、肥大じゃないな。がんですよ」と、シャウカステンのX線写真を見て、医師。

 おれの10年余にわたる前立腺がんとの深い親しいつき合いは、この一言から始まった。

 1999年10月25日、前立腺肥大症の温熱療法を受けるための事前検査の結果を聞きに行ったときのことだ。

 男性の膀胱の出口のところにある前立腺は、精液(の一部)をつくる器官だが、50代も半ばを過ぎると、それがだんだん大きくなって、尿道を圧迫する。

 ために、尿が出にくく、トイレが近くなる。

 おれの場合もまず尿線が細くなり、睡眠の持続時間が短くなった。

 夜12時ごろ寝床に入ると、夜明けの4時か5時には必ずおしっこに起こされてしまうのだ。

 しかし、そんなものはまだほんの序の口だった。

 やがて最低2度、しばしば3度(約2時間おきに)、起きなければならないようになった。

 それもなかなかつらかったが、なんといっても、切なくつらい思いをさせられたのは、尿意を感じたとたん、たちまち漏れそうになる、切迫尿意だった。

 ある夜、池袋で一杯やって、山手線の内回り電車に乗り、次の目白駅を発車したとたん尿意が生じた。

 と、次の瞬間、あわや失禁しそうになったから大いにあわてた。

 いまパソコンの「駅すぱあと」で確かめたら目白─高田馬場間は「2分」だが、あの2分間の苦しさといったらなかった。

 高田馬場駅で電車が停まって、ドアが開くなり飛び出したのだが、トイレへの階段を駆け降りる途中、ついに生温かい液体が股の内側をしたたり落ちた。

 いや、その情けなさ!

 いまも忘れることができない。

「もっと早く受診すべきだった」と、ほぞをかんだ。

 前立腺肥大症の治療には、

 ①尿路の神経の緊張を緩めて尿の出をよくする飲み薬、

 ②肥大した腺腫を電磁波で加熱し縮小させる温熱療法、

 ③先端に電気メスのついた内視鏡で腺腫を削り取る経尿道的前立腺切除術(TURP)などがある。

 失禁を招くまで放っておいた、わが前立腺肥大症(と、独り決めしていた)は、すでに薬が効くレベルは超えてしまっただろう。

 最終的には手術ということになるのかもしれないが、とりあえずは日帰りの温熱療法を受けてみよう。

 そう思って、温熱療法専門のクリニックを訪ねて、超音波やX線CTなどを含む事前の検査を受けたところ、思いもしなかった、がんが見つかったというわけだ。

「PSAはいくつですか?」とたずねたら、

「241です」

 これには本当におどろいた。

 思わず、「それじゃナベツネどころの話じゃないですね」と口走っていた。

 PSA(前立腺特異抗原)は、前立腺にだけある糖たんぱくで、がんになると血液中にふえる。

 90%以上の確率で前立腺がんを発見できるので「血液検査でわかるがんは、白血病と前立腺がんだけ」といわれる。

 天皇陛下の前立腺がん診断のきっかけとなったのも、毎年受けておられたPSA検査だった。

 PSAの正常値は血液1ミリリットル中4ナノグラム以下、

 4.1~10は「がんを疑うグレーゾーン」、

 10.1~20は「がんの疑い」、

 20以上は「がんの疑い濃厚」とされる。

 渡辺恒雄・読売新聞会長の前立腺がんが見つかったときのPSA値が14.4で、ホルモン療法によって0.1まで下がった。

「このまま手術をしなくても2年から5年は心配ないが、そのあと、ホルモン療法が効かない低分化がんが発生する可能性が残る。

 これを未然に防ぐため前立腺を全摘する根治手術を受ける」と、記者会見して公表したのが1998年1月のことだった。

 PSA値281と聞いて仰天し、「ナベツネどころの......」と口走ったのは、そのことが頭にあったからだ。

 もはや日帰りの温熱療法どころじゃない。

 大学病院の泌尿器科を受診、そこでの精密検査で、おれの前立腺がんは、低分化型という悪性度の高いタイプで、前立腺の被膜に浸潤した段階(まだ骨などへの転移は認められない)のステージCと診断された。

 がんが、前立腺内に限局しているステージAとBならば根治手術、リンパ節や骨などに転移しているステージDだともう根治は望めないので、がんの増殖を抑えるホルモン療法が主体になる。

 では、ステージCは?

「ステージCに対する治療法の選択がいちばん難しい。根治手術の成績があまりよくないのです」というのが、主治医のH先生の説明で、当面、LH─RHアゴニストという注射薬を主剤とするホルモン療法が行われることになった。

 ホルモン療法と聞いて、ホルモンを補充する治療法かと思ったのだが、そうではなく、ホルモンの分泌を抑えるのである。

 先生の説明を要約すると─、

 前立腺がんは、男性ホルモンのテストステロンの作用で増殖する。

 この男性ホルモン依存性を遮断するのが、前立腺がんの進行を抑える最も効果的な治療法で、その手っ取り早い方法は、テストステロンの約95%をつくっている精巣(睾丸)をとってしまう手術である。

 近年、それと同程度の効果を示すLH─RHアゴニストが開発されて、前立腺がんの治療は進歩した。

 薬は、成分が徐々に放出される「徐放剤」なので1回の注射で約1カ月、効果が持続するということで、以来、毎月1度、通院し診療を受けることになった。

 この薬、おれには(おれにも)、じつによく効いた。

 あのつらい切迫尿意の症状がたちまち完全に消失し、241という驚異的数値だったPSA値が、検査のたびにストン、ストンと下がり、2001年1月には0・02を記録した。

 頻尿だけは依然として続いていたが、どこも痛くもかゆくもないし、失禁の心配など全然無用、友人たちの「元気そうじゃないか」に、「がんになったおかげだ」と応じるのが決まり文句の返事だった。

 しかし、がんは、やはりがんだ。

 そういつまでもおとなしくしていてはくれない。

 0.02まで下がったPSA値は、こんどは上昇に転じ、じりじりと上がり続けて04年3月には11に達した。

 ここで、H先生が行ったのが、それまでLH─RHアゴニストと併用してきた抗アンドロゲン(男性ホルモン)剤など3種類の内服薬を一切中止するという〝治療法〟で、それによって次の月のPSA値は一気に0.5に下がった。

「アンチアンドロゲン除去症候群」と呼ばれる、体のリアクション現象なのだそう。

 上がったり、下がったり、それからもPSAのシーソーゲームは続き、06年5月には再び2.7に上がり、いよいよ最終的ながんの本格攻勢を覚悟すべきかと思ったとき、先生の新しい提案は、放射線治療だった。

 前立腺の周囲には尿道、直腸、膀胱などが入り組んでいるため、放射線を一方向から照射する定位放射線治療は不向きだが、最近開発された強度変調照射法(IMRT)は、コンピューターを使い、複数の方向からの照射を組み合わせて、放射線を凹凸状に照射するもので、前立腺がんの治療にすぐれた効果を上げているとのことだった。

 そして06年6月から8月まで毎週月~金の8週間(40回)通院して受けた、放射線治療によって、PSA値は0.008未満と限りなくゼロに近づき、これでもう一件落着だなと喜んでいた。

 ところが、一難去ってまた一難、08年11月の尿検査で潜血反応がみられ、詳しい検査の結果、左の尿管にがんが見つかった。

「前立腺がんの転移ですか?」

「いいえ、原発がんです」とのことで、同年12月、H先生の執刀により、がんが発生した左の尿管と腎臓を摘出し、膀胱の一部を切除する手術が行われた。

 ──と、以上のような経過をたどって、2012年10月現在、PSA値はまた上がって14・3、ときたま尿管がんの手術跡が鈍く痛んだりはするが、まずまず元気で、毎日小1時間のウォーキング(後ろ歩き500㍍つき)で汗をかき、妻と缶ビールを半分ずつ飲んだりしている。

 ただ一つ、難儀なことは、毎晩ほとんど2時間おきにトイレに起きなければならないことだ。

 おまけに尿線が細く、ちょいちょい途切れるので、ひどく時間がかかる。

 だが、かんがえてみると、たとえ細々とでも出てくれるから生きていられるので、これが出なくなったら、命にかかわるだろう。

 一つだけ残った腎臓は、がんばって尿をつくり、出口の狭まった膀胱が、けんめいに収縮し排出してくれている。

 そうおもうと、なにかありがたい気持ちになる。

 むかし、田舎の家の炉ばたの茶飲み話に、だれかが、

「あそこの家のばあちゃん、歩きながらおしっこ、ぽたぽた...」と笑ったら、祖母が、

「おしものことを笑うちゃいかん」とたしなめたことを思い出す。

 あの祖母だったら、いまのおれに、こう言ってくれるのではないだろうか。

「おしもを大切にしなさいよ。おしもは、いのちなんよ」


三つの要因

 ずいぶん以前から言われていることだが、がんの痛みに対する治療は、日本は世界に比べてかなり遅れている。

 世界保健機関(WHO)の指針が示す徐痛率レベルに達しているのは緩和ケア病棟のほかは、がんセンターとがん拠点病院などが約60%、大学病院約40だという。他は推して知るべしだろう。

 日本のがん疼痛(とうつう)治療がなかなか進まない要因として、次の三つを専門家は指摘している。

 ①医師に遠慮して患者が痛みを積極的に訴えない。

 ②医師が抗がん治療のみを考え、痛みを病気が示す症状の一つにすぎないとみて、痛みへの関心が浅い。

 ③痛みの治療に用いる医療用麻薬に対する偏見と誤解がいまだに強い。

 がんの強い痛みへの鎮痛薬として、WHOが推奨している強オピオイド(モルヒネ、フェンタニル、オキシコドン)の使用量は、日本は欧米諸国の3割以下だ。

 緩和ケア普及啓発事業「オレンジバルーンプロジェクト」は、「がんの痛みやつらさを一人で抱えていませんか」と訴えている。

詳しくは、www.kanwacare.netを─。


我慢しないで!

 がんの痛みは、モルヒネなどの医療用麻薬の飲み薬や張り薬を定期的に用いて抑える。

 それによって中毒になったり、死期を早めるということは絶対にない。

 健常者では依存が起こるが、強い痛みを感じている状態では依存が起きないことは、以前から臨床的にはわかっていたが、1990年代後半にそのメカニズムが解明された。

 痛みをとったほうが長生きすることも確かめられている。

 飲み薬や張り薬のほか、①腹腔(ふくくう)神経叢(そう)ブロック②硬膜外ブロックなどの治療法もある。

 ①は神経破壊薬(アルコール、フェノール)を注入し、胃がんや膵臓(すいぞう)がんなど上腹部の痛みを抑える。

 長期間の徐痛効果が得られるので退院が可能となったり、鎮痛薬の量を減らせたりし、患者のQOL(生活の質)改善につながる。

 ②は脊髄(せきずい)をおおっている硬膜の外にカテーテルを通し、麻酔薬を注入し、痛みの神経を遮断する。優れた鎮痛効果が得られる。

 痛みは我慢せず、率直に強く訴えよう。



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